第三日:波の侵食
Ⅰ. 砂利を踏む音
山を下り、東へ向かった。 手入れの行き届いたパラブーツの黒いモンクストラップが、松島の乾いた砂利を踏みしめる。 ザク、ザク、という規則的な音が、波の音と交差する。
東京駅の滑らかな大理石を歩いていた時の自分は、もう遠い過去の他人のように思えた。
海風が、少しだけ潮の匂いを運んでくる。 コンクリートと排気ガスの匂いしか知らなかった肺が、深く、ゆっくりと膨張していくのを感じる。
Ⅱ. 波の反復
宿の離れ。テラスの目の前には、ただただ鈍色の海が広がっていた。
波は、寄せては返す。 そこには、四半期ごとの目標も、KPIも、成長への強迫観念もない。 ただ、永遠とも思える反復が繰り返されているだけだ。
私はテラスの椅子に沈み込み、何をするでもなく、その反復を見つめていた。 波が引くたびに、私の中にこびりついていた資本主義の垢が、少しずつ、確実に削ぎ落とされていく。
Ⅲ. 余白の恐怖と受容
最初、何もしないことへの恐怖があった。 常に生産的でなければならない。何かをインプットし、アウトプットしなければならない。 その強迫観念が、脳の片隅で痙攣するように警鐘を鳴らしていた。
しかし、太陽がゆっくりと水平線に溶け出し、空が深い青から漆黒へと変わる頃。 その警鐘は、波の音に完全に掻き消されていた。
圧倒的な余白。 その余白の恐ろしさを受け入れた時、私は初めて、深く呼吸をすることができたのだ。 夜の海は、すべてを許容するように、ただそこにあった。