奥付
About The-Yohaku
効率に疲れた人が、ひとりずつ、実在の宿に泊まる。
十二人が、それぞれの「私」で語る。
降り方だけが、違う。
データ分析の会社を経営している。社員は六人。仕事は、決められない企業のために、決めるための根拠を作って売ることだ。ただし、決めるのは客であって、私ではない。この言い方が正確かどうかは、あまり考えないことにしている。
他人が言い終わる前に、言いたいことが分かってしまう。分かってしまうので、待たない。それが欠点だと言われたことがある。誰に言われたかは、書かない。
手帳に、数字にならない語を集めている。新緑。川音。うまい。いまは十四で止まっている。増えない月は、増えない。仕事の語彙なら一晩で百は書ける。だから、これは仕事ではない。
旅館だけは、事業にしないと決めている。指標を置かない。改善案を考えない。宿は、役に立たない時間が許される数少ない場所で、そこでだけ、私は待つ側に回る。湯が沸くのを待つ。膳が来るのを待つ。相手が言い終わるのを、待つ。
The-Yohakuは、その道中の記録である。ただし、私の話ではない。宿ですれ違った人たちの話だ。効率の言葉に疲れた人間は、私のほかにも、どの宿にもいた。彼らの一晩を、彼らの声のままここに集めている。宿は、静けさに根拠のある場所に限る。数字で書けることは数字で書き、書けないことは、書けないまま置いておく。
あなたの手帳にも、数字にならない語があるはずだ。ここは、それを分類しないまま持っておくための場所である。
Editor 黒瀬慧