本記事はアフィリエイト広告(Expedia・Relux)を利用しています。
十一から十へ
見積もりの項目を、十一から十に減らした。
削ったのは、初稿を出したあとの軽微な直しの分である。前から取っていなかったものを、書くのをやめただけだ。単価は上がらない。
十年前は、項目が二十三あった。増やしたのはわたしで、減らしたのもわたしである。
返事を待っている相手が一人いる。急ぐ用ではない。急がない用が返ってこないのは、たいてい、返す理由がないからだ。
宿を探した。愛知の、湾に面した一軒。
湯の欄が長かった。天空の露天、足湯、展望の大浴場、その露天と内湯、貸切の露天。読みながら数えて、六つあった。
一泊で、いくつ入るのだろう。
乗り換え
東京から豊橋まで、新幹線で一時間二十三分。豊橋で在来線に乗り換えて蒲郡まで十一分。蒲郡で私鉄に乗り換えて西浦まで九分。西浦から、宿の車で十分。
乗り換えが三回ある。
多い、と思った。思ってから、多いと思う自分のほうを見た。わたしは詰めるのが仕事で、詰まっていないものを見ると、手が出る。

私鉄は二両だった。線路の右に、みかんの木が並んでいる。実はまだ青い。
西浦の駅は小さくて、改札が一つだった。宿の車は、駅前の白い線の中に停まっていた。
六つ
部屋に案内されて、湯の案内の紙をもらった。館内図に、湯の場所に番号が振ってある。一から六まで。
番号が振ってあるということは、回る人がいるということだ。
わたしは紙を畳んで、机に置いた。
最初に、上の露天に行った。湾が見えた。水平線が窓の桟から少し斜めに見えて、座る位置を変えると揃った。船が一つ、右から左へ動いていた。動いているのが分かるまで、時間がかかる速さだった。
次に、展望の内湯に行った。湯の音が高い。天井が低いぶん、跳ね返りが早く戻る。
三つ目に、足湯に行った。夕方で、屋根のない場所は風があった。膝から下だけが温かい。上半身は冷えている。この温度差は、部屋の湯では作れない。
足湯のベンチの端に、一人で座っている男がいた。靴を揃えて、そこから離れたところに座っていた。足だけ湯に入れて、手は膝の上で組んでいる。何も持っていない。わたしは反対の端に座って、湾を見ていた。

四つ目に行こうとして、やめた。
三つでやめる
やめた理由は、疲れたからではない。
三つで、足りた。上から見た湾と、天井の低い湯の音と、膝から下だけの温かさ。この三つは、たぶん憶えていられる。四つ目を足すと、どれかが薄くなる。
わたしの仕事はそれだ。並べたものを一つ減らすと、残りが強くなる。減らす前に強くする方法を、わたしは知らない。
部屋に戻って、館内図をもう一度見た。入らなかった三つに、印は付けなかった。
夕食は部屋ではなく、下の階でとった。魚が続いた。名前を覚えようとしなかった。
夜、窓を開けた。波の音は、思っていたより遠かった。海は近いのに、音が遠い。堤防があるからだと思う。
署名
朝、上の露天にもう一度入った。四つ目には、やはり行かなかった。
送迎の車で西浦へ戻り、私鉄と在来線を乗り継いで、豊橋から新幹線に乗った。行きと同じ回数、乗り換えた。
入らなかった湯のことは、帰りの電車で一度も思い出さなかった。
新幹線の中で、メールを開いた。返事は来ていない。催促は書かない。
代わりに、自分の署名を直した。名前、電話、メール、それと一行の肩書きが入っていた。四行ある。
肩書きの行を消した。電話の行も消した。残したのは、名前とメールの二行で、それから名前の下の余白を一行ぶん取った。
三行になった。二行にはしなかった。
窓の外は、行きに見たみかんの木が、逆の順に流れていった。
