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空白の欄
返信はがきは、出席の欄に丸を付けて出した。
住所と名前は書いた。その下に、連名の欄がある。空けた。備考の欄も空けた。
空白の欄は、はがきの上では空白のままでいられる。人の前では、そうはいかない。
法事は十一月の第三日曜だった。焼香の順は、続柄で決まっている。私の順は、若いいとこたちより前で、叔母たちより後だった。
会食の席で、隣に座った親戚が言った。
「連名のところ、空いてたわね」
悪気はない。ほんとうに無い、と思う。悪気の有無は、聞かれたことの重さと関係がない。
「そうなんです」
それだけ答えた。答えたあと、その人は別の話に移った。移ってくれた、と書くほうが正確かもしれない。
帰りの電車で、宿を探した。那須の、山のほうに一軒あった。
駅からの送迎は、一日に二便と書いてあった。十三時三十五分と、十六時三十五分。前日までに頼む。
二便しかない、というのが、なぜか読んでいて楽だった。
十三時三十五分
新幹線で七十五分。那須塩原の改札を出ると、送迎の車が停まっていた。
十三時三十五分の便を選んだのは、早いほうだったからである。理由はそれだけで、ほかにない。
車は三十分ほど、川に沿って上がった。十一月の終わりで、山はもう葉を落としている。落ちた葉は道の端に寄せられていて、車が通ると、少し持ち上がってまた落ちた。

運転する人は、道の名前も木の名前も言わなかった。私は窓のほうを見ていた。
板室
宿は森の間にあった。
板室の湯は、昔から保養に来る人が多いのだと、宿の紙に書いてあった。薬湯と呼ばれてきた、とも。呼ばれてきた、と書いてある。効くとは書いていない。書いていないことが、私には好ましかった。
湯は、熱くない。長く入っていられる。
窓の外は木で、木の向こうも木だった。葉の落ちた枝が重なっていて、重なった向こうに空がある。空の色は、午後の三時から四時のあいだで、いちばん変わる。
上がって、庭を歩いた。庭に、大きな木が一本あった。幹に札が下がっていて、桑、と書いてある。
桑。私は、桑の木というものを、これまで見たことがなかったのだと思う。実がなる木だということは知っている。知っているのに、木を見たことがない。そういうものは、たくさんある。
札には、木の名前だけが書いてあった。樹齢も、由来も書いていない。
十一時
夕食のあと、廊下の椅子に座っていた。
離れた椅子に、男が一人座っていた。膝に手帳を開いていたが、書いていなかった。開いたまま、庭のほうを見ている。ずいぶん長いあいだ、そうしていた。
私は先に立った。
部屋に戻って、鞄から缶を出した。菓子の缶で、母の切り抜きが入っている。古い旅行雑誌の、温泉地の頁を切ったものだ。
実家の片付けは、半分残っている。残った半分から、この缶が出てきた。
前に一度、同じ切り抜きの一枚を頼りに、長崎まで行った。あの一枚には、母の字で丸がついていた。缶の中の残りには、丸がない。
母は切って、しまって、行かなかった。丸をつけるところまで行ったのは、一枚だけだった。
一枚だけ出して、地名を見た。読める。まだ、その宿があるかどうかは、分からない。
朝、復りの便は十一時だった。一便しかない。
十一時に乗って、三十分で駅に着いた。
新幹線の中で、叔母に礼状を書いた。文面は三行で、天気のことと、料理が美味しかったことを書いた。会食の席で聞かれたことには、触れなかった。
触れないと決めて書くのは、はがきの欄を空けるのとは、少し違った。触れないで書くのは、書きながら、置かないでいることだ。
投函は、東京駅の中でした。そのあと、切り抜きの一枚の地名を、携帯で調べた。宿はまだあった。
一枚だけ調べて、缶に戻した。
