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六軒
退職して二年、私が泊まった宿は六軒である。
群馬、富山、福井、秋田、青森、それと箱根。いずれも半日かけて着く場所だった。切符を先に取り、乗り換えを書き出し、着く時刻から逆算して家を出る。段取りが要る。段取りが要るから、予定になる。
十二月の、晴れた朝だった。二階の窓から、西に山が見えた。
筑波山である。冬の朝は、よく見える。二十年、この窓から見ている。
行ったことがない。
いつでも行ける、と思ってきた。思ってきた期間が、二十年ある。
遠いところの予定は立つ。近いところの予定は、立たない。
その日のうちに、宿を調べた。神社のそばに一軒あった。一名にして検索すると、部屋が十三件出た。二名にしても十三件だった。同じである。同じだったので、少し拍子抜けした。
乗り換え二回
秋葉原からつくばまで、四十五分ほど。そこからシャトルバスに乗り換えて、筑波山神社入口で降りる。
乗り換えは二回。書き出すまでもなかった。書き出すまでもないので、私は書き出さなかった。手帳の当日の欄は、空いたままである。

バスは平野を抜けて、山の裾から登りにかかった。上がるほど、後ろの景色が広くなる。関東平野が、後方に開けていく。
途中で、私は自分の家のあるあたりを探した。方角は分かる。分かるが、家は見えない。見えないのは当然で、当然だと分かっていて、それでも探した。
バス停から歩いて八分だという。歩いた。坂である。八分は、坂の八分だった。
庭の湯
宿は神社のすぐそばにあった。
部屋に通されて、窓を開けた。木が近い。木の向こうに、平野が少しだけ見える。
湯は庭に面していた。入ると、湯の縁の石が冷たくて、肩から下だけが熱い。十二月である。上がると、髪の先がすぐに冷える。

夕食は部屋ではなく、下の広間だった。卓が四つあって、埋まっていたのは二つである。
私は入口に近い卓に座った。座ってから、なぜ入口に近いほうを選んだのかを考えた。会議室では、いつも入口に近い席に座っていた。四十二年、そうしてきた。座る席の理由を、私は誰にも説明したことがない。
奥の卓に、男が一人いた。食べ終わっているのに、立たない。手を膝に置いて、庭のほうを見ていた。仲居が皿を下げに来ても、姿勢を変えなかった。
一件
部屋に戻って、予約の画面をもう一度開いた。
部屋は十三件あって、プランは一件だった。二名なら八件ある。部屋は選べて、食事の条件は選べない。
そういう形もあるのか、と思った。
現役のころ、私は選択肢を三つ用意する癖があった。二つでは狭い、四つでは迷う。三つがちょうどいい。誰に教わったのでもなく、そう決めていた。
ここでは、一つだった。一つのものを、私は取った。取ったあとで、迷わなかったことに気づいた。
二度目
朝、もう一度湯に入った。庭に霜が降りていた。
十時に発つ。バス停まで、下りは六分だった。上りより二分早い。
つくばセンターで、シャトルバスを降りた。次の電車まで十二分あった。ベンチに座って、手帳を出した。
来週の欄に、書いた。
筑波 二度目。
日付は入れなかった。入れれば予定になり、予定になれば段取りが要る。段取りが要るものにすると、この山は、また行かない場所に戻る。
家に帰って、行ってきた、とだけ言った。写真は撮っていない。
夕食のあとで、妻が、どこの湯だったの、と聞いた。
聞かれるとは思っていなかった。私は、庭に面していた、と答えた。答えてから、それは湯の説明になっていないと気づいたが、妻は、そう、とだけ言って、それ以上は聞かなかった。
窓の外は暗くて、山は見えなかった。
