宿と小説の読みもの、余白
RECORD № 098

いつでも行ける

成果の物差しを失った人間は、何を「大漁」と呼べばいいのか

数字で組織を率いて、定年より早く退いた。成果の物差しを返したあとの時間が、まだ身体に馴染まない。妻と話していると、報告の口調が出る。出てから気づく。

克彦という語り手について →

本記事はアフィリエイト広告(Relux)を利用しています。

六軒

退職して二年、私が泊まった宿は六軒である。

群馬、富山、福井、秋田、青森、それと箱根。いずれも半日かけて着く場所だった。切符を先に取り、乗り換えを書き出し、着く時刻から逆算して家を出る。段取りが要る。段取りが要るから、予定になる。

十二月の、晴れた朝だった。二階の窓から、西に山が見えた。

筑波山である。冬の朝は、よく見える。二十年、この窓から見ている。

行ったことがない。

いつでも行ける、と思ってきた。思ってきた期間が、二十年ある。

遠いところの予定は立つ。近いところの予定は、立たない。

その日のうちに、宿を調べた。神社のそばに一軒あった。一名にして検索すると、部屋が十三件出た。二名にしても十三件だった。同じである。同じだったので、少し拍子抜けした。

乗り換え二回

秋葉原からつくばまで、四十五分ほど。そこからシャトルバスに乗り換えて、筑波山神社入口で降りる。

乗り換えは二回。書き出すまでもなかった。書き出すまでもないので、私は書き出さなかった。手帳の当日の欄は、空いたままである。

画像はイメージです

バスは平野を抜けて、山の裾から登りにかかった。上がるほど、後ろの景色が広くなる。関東平野が、後方に開けていく。

途中で、私は自分の家のあるあたりを探した。方角は分かる。分かるが、家は見えない。見えないのは当然で、当然だと分かっていて、それでも探した。

バス停から歩いて八分だという。歩いた。坂である。八分は、坂の八分だった。

庭の湯

宿は神社のすぐそばにあった。

部屋に通されて、窓を開けた。木が近い。木の向こうに、平野が少しだけ見える。

湯は庭に面していた。入ると、湯の縁の石が冷たくて、肩から下だけが熱い。十二月である。上がると、髪の先がすぐに冷える。

画像はイメージです

夕食は部屋ではなく、下の広間だった。卓が四つあって、埋まっていたのは二つである。

私は入口に近い卓に座った。座ってから、なぜ入口に近いほうを選んだのかを考えた。会議室では、いつも入口に近い席に座っていた。四十二年、そうしてきた。座る席の理由を、私は誰にも説明したことがない。

奥の卓に、男が一人いた。食べ終わっているのに、立たない。手を膝に置いて、庭のほうを見ていた。仲居が皿を下げに来ても、姿勢を変えなかった。

一件

部屋に戻って、予約の画面をもう一度開いた。

部屋は十三件あって、プランは一件だった。二名なら八件ある。部屋は選べて、食事の条件は選べない。

そういう形もあるのか、と思った。

現役のころ、私は選択肢を三つ用意する癖があった。二つでは狭い、四つでは迷う。三つがちょうどいい。誰に教わったのでもなく、そう決めていた。

ここでは、一つだった。一つのものを、私は取った。取ったあとで、迷わなかったことに気づいた。

二度目

朝、もう一度湯に入った。庭に霜が降りていた。

十時に発つ。バス停まで、下りは六分だった。上りより二分早い。

つくばセンターで、シャトルバスを降りた。次の電車まで十二分あった。ベンチに座って、手帳を出した。

来週の欄に、書いた。

筑波 二度目。

日付は入れなかった。入れれば予定になり、予定になれば段取りが要る。段取りが要るものにすると、この山は、また行かない場所に戻る。

家に帰って、行ってきた、とだけ言った。写真は撮っていない。

夕食のあとで、妻が、どこの湯だったの、と聞いた。

聞かれるとは思っていなかった。私は、庭に面していた、と答えた。答えてから、それは湯の説明になっていないと気づいたが、妻は、そう、とだけ言って、それ以上は聞かなかった。

窓の外は暗くて、山は見えなかった。

この続きに

読み続ける

行き先は、このサイトの中です。

この宿を

予約はこのサイトの外へ、後で送る一通は自分のメールへ届きます。

PR この記録の宿を予約する 筑波山江戸屋 予約サイト(Relux)が新しいタブで開く (外部サイトが新しいタブで開きます)

この頁の場所を、自分のメールへ一通送る

便り

次の話が公開されたとき、一通だけ届きます。

Field Notes

筑波山江戸屋

Overview

茨城県
Region
茨城県つくば市筑波(筑波山温泉)
Access
つくばエクスプレスで秋葉原駅からつくばセンターへ、シャトルバスに乗り換えて筑波山神社入口まで、そこから徒歩8分。東京駅からの高速バスでもつくばセンターへ出られる。車は常磐道・土浦北ICから国道125号を筑波山方面に30分
Price
予約サイトで確かめた一万円台後半〜(1名1室・条件不明) 公開の情報から中価格帯(Reluxの1名1室で一万円台後半〜。ほかに二万円台前半・二万円台後半 の表示がある)

Facility

Room
大人1名・1室の検索で部屋13件・プラン1件(2名の検索では部屋13件・プラン8件)。部屋数は1名と2名で同じ
Meal
食事の付くプランがある。予約の段階で選ぶ

宿タイプ

  • 温泉旅館
  • 山の宿

向いている人間

  • 一人で予約したい人(1名でも部屋13件が表示され、2名と同数)
  • 東京から1時間半ほどで山の宿に入りたい人
  • 乗り換えの少ない経路で行きたい人(乗り換え二回)

向いていない人間

  • 食事や部屋の組み合わせを比べたい一人客(1名で出るプランは1件。2名なら8件)
  • 駅から歩きたくない人(バス停から徒歩8分)
  • 遠くまで行った感覚がほしい人(東京から約1時間半)

予約前の注意事項

大人1名・1室で表示される部屋は13件で2名と同数だが、プランは1件だけ(2名なら8件)。部屋は選べても、食事や条件の組み合わせは選べない。バス停の筑波山神社入口から宿までは徒歩8分。料金と食事条件はプランで分かれるので、予約の段階で確かめること。

次の話

新しい記録が公開されたときだけ、一通お知らせします。
それ以外のメールは届きません。

メールアドレス以外は受け取りません。配信はいつでも解除できます。 取り扱いはプライバシーポリシーのとおりです。