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松の内
仲居の正月は、客の正月が終わってから終わる。
三十一日から三日まで、館は満ちる。四日に発たれて、五日に片づけて、六日に畳を上げる。七日を過ぎたころ、女将から、順に休みを取るようにと言われた。
私は九日をいただいた。
一泊で行ける場所を探した。探すのに、よその予約サイトを開いた。
うちは、おひとりのお客様のご予約を、よその予約サイトではお受けしていない。宿に直接いただくぶんだけ、お受けしている。決めたのは私ではないし、理由を聞いたこともない。理由を聞かないほうが、手が早く動く。
その形の入口から、私は客として入った。
一名にして押すと、部屋が九件、プランが十二件出た。プランの数は、二名のときと同じだった。
同じ、というのを、私はしばらく見ていた。
花輪線
盛岡で乗り換える。花輪線は本数が少ないので、乗り継ぎを先に決めてから、新幹線の便を決めた。
二両である。走り出すと、床から音が上がってくる。

窓の外は雪だった。田も畑も、区切りが分からない。区切りが分からないのに、電柱だけが等間隔に立っていて、それで、そこが道だと分かる。
湯瀬温泉で降りた。ホームの雪は、寄せてあった。寄せた人がいる。
駅から歩いて五分だと書いてあった。送迎は、着いてから電話をすればよいとも書いてあった。私は歩いた。荷物は一つで、雪は踏み固められていた。
客の側
帳場で名前を書いた。書きながら、帳場の高さを見た。うちのより、少し低い。低いと、客は書きやすい。書きやすいが、こちらは客の手元が見えすぎる。
見えすぎると、待ってしまう。待っているのが客に伝わる。うちの高さは、たぶんそのためにある。
部屋へ通されて、案内の言葉を聞いた。順序がいい。湯の場所、食事の刻限、朝の片づけ。三つを、その順で言われた。三つ目に朝のことを言うと、客はその晩を長く感じる。
私は、聞きながら覚えていた。覚える癖は、休みの日にも止まらない。
湯は渓流に面していた。露天の縁に雪が積もっていて、湯の熱で、縁から二寸ほどが融けている。融けた線が、湯の形をなぞっていた。
長く入った。仕事のことは考えなかった、と書きたいところだが、考えていた。
汁椀
夕食は広間だった。
膳が来た。私は箸を取る前に、膳の上を見た。見てしまう。汁椀が、飯椀の右奥にある。うちとは違う置き方で、絵としては、こちらのほうが整っている。
違う置き方を見ると、うちの膳の形を思い出す。それだけのことである。
私は汁椀を、自分で二センチ手前に寄せてから、箸を取った。
寄せてから、寄せた自分に気づいた。うちの膳の汁椀も、私はいつも、置いてから少し直している。直していることを、いままで数えたことがなかった。

向かいの席に、男が一人いた。食事は始まっていない。膝の上に手を置いて、卓の木目を見ているように見えた。仲居が茶を置いたとき、その人は湯呑みの位置を、少し手前に動かした。
私は目を戻した。同じことをする人がいる。
九日の翌日
朝、湯にもう一度入った。雪は夜のうちに積もり直していて、融けた線は昨日より内側にあった。
帰りの花輪線は、十時十九分だった。それを逃すと、次は昼過ぎになる。逃さなかった。
十日から、通常の勤めに戻った。
その日の夕、七番の膳を整えた。いつも通りに整えた。並べて、下がって、廊下で一度、振り返って見た。振り返るのも、いつも通りである。
三日ほど経って、後輩に言われた。
「汁椀、近くなりましたね」
近く。私は、変えたつもりがなかった。変えたつもりがないので、そうかしら、とだけ答えた。
後輩は、糸を同じ長さに切りながら、それ以上は言わなかった。私が便箋を書いたことを、この人はまだ知らない。渡していないのだから、知りようがない。
膳の汁椀は、いまも右手前にある。二センチだけ、前より近い。そのことは、誰にも言っていない。
