宿と小説の読みもの、余白
RECORD № 099

二センチ

客を情報ではなく、顔で記憶する技術

五ヶ月前に一度お泊まりになった方の顔は、憶えている。前と何が違うかも、だいたい言える。記録は見ない。宿には宿の合理があって、それは都会のものとは別の原理で回っている。

千鶴という語り手について →

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松の内

仲居の正月は、客の正月が終わってから終わる。

三十一日から三日まで、館は満ちる。四日に発たれて、五日に片づけて、六日に畳を上げる。七日を過ぎたころ、女将から、順に休みを取るようにと言われた。

私は九日をいただいた。

一泊で行ける場所を探した。探すのに、よその予約サイトを開いた。

うちは、おひとりのお客様のご予約を、よその予約サイトではお受けしていない。宿に直接いただくぶんだけ、お受けしている。決めたのは私ではないし、理由を聞いたこともない。理由を聞かないほうが、手が早く動く。

その形の入口から、私は客として入った。

一名にして押すと、部屋が九件、プランが十二件出た。プランの数は、二名のときと同じだった。

同じ、というのを、私はしばらく見ていた。

花輪線

盛岡で乗り換える。花輪線は本数が少ないので、乗り継ぎを先に決めてから、新幹線の便を決めた。

二両である。走り出すと、床から音が上がってくる。

画像はイメージです

窓の外は雪だった。田も畑も、区切りが分からない。区切りが分からないのに、電柱だけが等間隔に立っていて、それで、そこが道だと分かる。

湯瀬温泉で降りた。ホームの雪は、寄せてあった。寄せた人がいる。

駅から歩いて五分だと書いてあった。送迎は、着いてから電話をすればよいとも書いてあった。私は歩いた。荷物は一つで、雪は踏み固められていた。

客の側

帳場で名前を書いた。書きながら、帳場の高さを見た。うちのより、少し低い。低いと、客は書きやすい。書きやすいが、こちらは客の手元が見えすぎる。

見えすぎると、待ってしまう。待っているのが客に伝わる。うちの高さは、たぶんそのためにある。

部屋へ通されて、案内の言葉を聞いた。順序がいい。湯の場所、食事の刻限、朝の片づけ。三つを、その順で言われた。三つ目に朝のことを言うと、客はその晩を長く感じる。

私は、聞きながら覚えていた。覚える癖は、休みの日にも止まらない。

湯は渓流に面していた。露天の縁に雪が積もっていて、湯の熱で、縁から二寸ほどが融けている。融けた線が、湯の形をなぞっていた。

長く入った。仕事のことは考えなかった、と書きたいところだが、考えていた。

汁椀

夕食は広間だった。

膳が来た。私は箸を取る前に、膳の上を見た。見てしまう。汁椀が、飯椀の右奥にある。うちとは違う置き方で、絵としては、こちらのほうが整っている。

違う置き方を見ると、うちの膳の形を思い出す。それだけのことである。

私は汁椀を、自分で二センチ手前に寄せてから、箸を取った。

寄せてから、寄せた自分に気づいた。うちの膳の汁椀も、私はいつも、置いてから少し直している。直していることを、いままで数えたことがなかった。

画像はイメージです

向かいの席に、男が一人いた。食事は始まっていない。膝の上に手を置いて、卓の木目を見ているように見えた。仲居が茶を置いたとき、その人は湯呑みの位置を、少し手前に動かした。

私は目を戻した。同じことをする人がいる。

九日の翌日

朝、湯にもう一度入った。雪は夜のうちに積もり直していて、融けた線は昨日より内側にあった。

帰りの花輪線は、十時十九分だった。それを逃すと、次は昼過ぎになる。逃さなかった。

十日から、通常の勤めに戻った。

その日の夕、七番の膳を整えた。いつも通りに整えた。並べて、下がって、廊下で一度、振り返って見た。振り返るのも、いつも通りである。

三日ほど経って、後輩に言われた。

「汁椀、近くなりましたね」

近く。私は、変えたつもりがなかった。変えたつもりがないので、そうかしら、とだけ答えた。

後輩は、糸を同じ長さに切りながら、それ以上は言わなかった。私が便箋を書いたことを、この人はまだ知らない。渡していないのだから、知りようがない。

膳の汁椀は、いまも右手前にある。二センチだけ、前より近い。そのことは、誰にも言っていない。

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Field Notes

四季彩り 秋田づくし 湯瀬ホテル

Overview

秋田県
Region
秋田県鹿角市八幡平(湯瀬温泉)
Access
東京駅から東北新幹線で盛岡駅へ、JR花輪線に乗り換えて湯瀬温泉駅まで、駅から徒歩5分。盛岡駅からの高速バスなら湯瀬パーキングエリア下車。湯瀬温泉駅と湯瀬パーキングエリアからの無料送迎は、到着時に宿へ連絡すれば使える。車は東北道・鹿角八幡平ICから国道282号で10分
Price
予約サイトで確かめた一万円台後半〜(1名1室・条件不明) 公開の情報から中価格帯(Reluxの1名1室で一万円台後半〜。ほかに一万円台後半・二万円台前半 の表示がある)

Facility

Room
大人1名・1室の検索で部屋9件・プラン12件(2名の検索では部屋15件・プラン12件)。プラン数は1名と2名で同じ
Meal
食事の付くプランがある。予約の段階で選ぶ

宿タイプ

  • 温泉旅館
  • 渓流沿いの宿

向いている人間

  • 一人で予約したい人(1名で部屋9件・プラン12件が表示され、プラン数は2名と同数)
  • 駅から歩いて着ける宿を選びたい人(徒歩5分)
  • 送迎を事前予約せずに使いたい人(到着時の連絡で足りる)

向いていない人間

  • 移動を短くしたい人(東京から新幹線と花輪線で約3時間半)
  • 花輪線の本数に合わせられない人
  • 部屋の種類を広く選びたい一人客(1名で出る部屋は9件。2名なら15件)

予約前の注意事項

花輪線は本数が限られるので、盛岡での乗り継ぎを先に決めてから動くこと。湯瀬温泉駅・湯瀬パーキングエリアからの無料送迎は事前予約ではなく、到着時に宿へ連絡する形。1名で出る部屋は9件で2名の15件より少ないが、プランの数は12件で同じ。料金と食事条件はプランで分かれるので、予約の段階で確かめること。

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