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便箋
高志の宿から帰って、二か月が経った。後輩に渡すつもりで書いた便箋は、まだ引き継ぎノートに挟んだままだった。渡すきっかけを、何度か探した。探したが、見つからなかった。
見つからないまま、後輩は今日も繕い物の糸を私と同じ長さに切っていた。何も言わなかった。言わないことに、以前ほど落ち着かなさを感じなくなっている自分がいた。
福岡に、慶応元年創業の老舗旅館があるという記事を見た。湯の温度と湧出量を、四十八度・毎分百リットルという数字で公式サイトが明記していた。数字で管理された湯、という言葉に、興味を持った。
二日市
新幹線で博多まで、五時間近い。博多からJR鹿児島本線に乗り換え、二日市駅で降りた。駅から徒歩十分。住宅地の中に、老舗の門が見えてきた。

門をくぐると、庭園があった。三千五百坪あるという。大正・昭和・平成、それぞれの時代の建物が分かれて建っている。時代の違う建物が、同じ敷地に共存していた。
大丸別荘
案内された部屋は、昭和四十五年建築の平屋だった。古民家風の造りで、堀ごたつがあった。四十一室、すべて和室だという。

廊下で、湯上がりらしい男とすれ違った。歩く速さが一定だった。急いでいるのでも、ゆっくりしているのでもない、決まった速さだった。長年その速さで歩いてきたのだろう。手には手帳。何かを控えているようだった。
大浴場「次田の湯」に入った。四十八度・毎分百リットルという数字を、掲示で確認した。数字で管理されていると分かっていても、湯に浸かれば、それはただの湯だった。数字と体感は、別の場所にある。
天拝会席
夕食は個室で出た。月替わりの創作会席だという。品数が多く、一つ一つに時間をかけて説明があった。説明の長さが、ちょうどよかった。長すぎず、短すぎない。この呼吸を、私も自分の仕事で持っているだろうかと考えた。
だし巻き玉子の話を、朝食の説明で先に聞いていた。聞いていたぶん、朝が少し楽しみになった。
型
朝、だし巻き玉子と温泉どうふの朝食を食べた。聞いていた通りだった。
十一時前に発って、二日市駅まで戻り、博多、新幹線と乗り継いで、会津へ戻った。
車内で、引き継ぎノートを開いた。便箋は、まだ挟んだままだった。渡すかどうかを、また先送りにした。先送りにすることを、今回は悪いことだと思わなかった。渡すべき時が来れば、渡す。来なければ、来ないままでいい。
四十八度、毎分百リットル。数字で管理された湯にも、静けさは宿る。
