本記事はアフィリエイト広告(Expedia・一休.com)を利用しています。
お発ちのあとに
お客様がお発ちになったあと、部屋に戻ります。
畳の目に沿って掃除機をかけながら、前の晩のことが分かります。座布団の位置。灰皿代わりに使われた小皿。窓の開き具合。どなたも何もおっしゃいませんが、部屋には残ります。
それを読む癖が、抜けません。
ですから、よその宿へ参りますと、落ち着きません。湯より先に、廊下の音を聞いております。
廊下の音
時音の宿 湯主一條(宮城・鎌先温泉)
食事は登録有形文化財の建物のなかの、個室の料亭で供されます。お客様が席を共になさらない造りです。
その日、私が見ておりましたのは、お見送りのほうでした。
角を曲がるまで、というのは、決まりではございません。決まりにしてしまうと、続きません。
高志の宿 高島屋(新潟・岩室温泉)
繕い物の糸の長さを、そこの方に伺いました。長さは決まっておりません、と言われました。私も同じことを申します。
湯加減
陶泉 御所坊(兵庫・有馬温泉)
全十七室、お食事は部屋出し。貸切のお風呂が二種類ございます。
有馬の湯は色がついております。あの色を、はじめてご覧になる方は、たいてい一度、手を止められます。
大丸別荘(福岡・二日市温泉)
四十八度、毎分百リットル。数字が掲げてございました。
数字で管理されている湯を、私は冷たいものだと思っておりました。そうではございませんでした。あの数字は、毎日どなたかが測っておいでになるという意味です。
私どもの宿
会津東山温泉 向瀧(福島・東山温泉)
全二十四室、一部屋ずつ間取りが違います。夕食も朝食も部屋出しでございます。会津の川魚と、盆地の作物。夕食の中心は鯉の甘煮で、海老と蟹と鮪は使いません。
お客様のお顔を、覚えてしまいます。仕事ですから覚えるのではなく、覚えてしまうのです。
見にいく、ということ
よその宿を見にいくのは、勉強のためだと申し上げております。
半分は本当です。もう半分は、自分の仕事が測られる言葉に、少し疲れているからだと思います。
一人あたり何分、稼働率が何%。そういう言葉で、私どもの仕事は語られます。間違ってはおりません。ただ、角を曲がるまで頭を下げていた時間は、そこに入っておりません。
入らないものを、どこかで確かめたくなるのです。
四軒とも、入っておりませんでした。入っていないまま、続いておりました。
