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お発ちの見送り
七月の末に、うちの宿から一人お辞めになった。十六年おいでの方でございました。私より三つ下で、入られたのは私の四年あとです。お辞めになる理由は、伺いました。伺いましたが、ここには書きません。
最後の日、その方はいつも通りにお発ちのお見送りをなさって、いつも通りに帳場を片付けて、それからお帰りになりました。いつも通りでないところが、ひとつだけございました。引き継ぎのノートを、置いていかれたのです。
私どもは、そういうものを普通は作りません。手順は体で覚えるものだからです。文字にすると、必ず抜けが出ます。その方は、作られました。三十七ページございました。お部屋ごとに、どのお客様が何をお好みか。何号室の窓は開けにくいこと。どの廊下がいちばん先に冷えること。
私は、二日かけて読みました。読んで、この方は辞めるつもりで書いたのではないな、と思いました。続けるつもりで書いて、それから辞めることになった。順序は、そちらだと思います。
八月の第二週、休みを二日いただいて、有馬へ参ることにいたしました。
金泉
有馬には、二種類の湯がございます。鉄分を含んで茶色く見えるものを「金泉」、無色透明のものを「銀泉」と呼ぶそうです。私が参ったお宿は、金泉のお宿でございました。鎌倉時代に「湯口屋」という名で創業なさったと、公式の記載にございます。有馬でいちばん古いお宿だとも。
いちばん古い、という言い方を、私は普段あまり信じません。数え方によって変わりますから。ただ、鎌倉時代と書いてある以上、私どもの宿より長いことは確かでございます。うちは、百八十年ほどでございます。
半混浴
大浴場は「金剛泉」と申しまして、半混浴の半露天だと伺いました。半混浴。聞いたときに、少し身構えました。身構えたことを、あとで考えました。うちの宿には混浴はございません。ですから、私はそれを「よその流儀」として見ております。見ておりますが、良し悪しを申す立場にはございません。貸切のお風呂が二種類あると伺いましたので、そちらを使わせていただきました。

湯は、茶色でございました。濁っているのではなく、茶色く透けております。手を沈めますと、指の先が見えなくなる深さがございました。湯に入りますと、体が浮きにくうございます。塩分が濃いのだと思います。しばらく浸かっておりますと、腕に何かが付いておりました。湯の成分でございました。乾くと、細かい粉のようになります。
拭く人
湯から上がって、脱衣所の鏡を見ました。首のところに、茶色い線が一本ついております。拭きましたら、取れました。取れましたが、その跡が、置いてあった白いタオルに移りました。私は、それをしばらく見ておりました。
色のついた湯は、跡が残ります。首の線も、白いタオルの色移りも。浴室の床、脱衣所の籠、廊下の足跡——金泉のお宿では、それを毎日どなたかが、拭いて、掬って、消しておいでなのだと思いました。うちの湯は無色でございますから、その手間はございません。代わりに、湯の花が沈みます。沈んだものを、朝、掬います。どの宿にも、その宿の落とすものが、ございます。
お部屋の膳

夕食は、お部屋に運ばれてまいりました。運んでこられた方の、盆の持ち方を見ておりました。見てしまうのは、もう仕方がございません。その方は、若い方でございました。二十代の半ばくらいでしょうか。お品の説明が、少し早うございました。緊張なさっているのだと思いました。
私も、最初の年はそうでございました。早口になるのは、間違えないようにしているからです。間違えないようにしていると、早くなる。十六年おいでだったあの方は、もう早口ではございませんでした。いつからそうなったのか、私は知りません。そばで見ておりましたのに、変わった日を、私は覚えておりません。
三十八ページ目
朝、もう一度貸切のお湯をいただきました。朝の金泉は、夜より色が濃く見えました。光の入り方だと思います。
十時にお発ちいたしました。有馬の駅まで、歩いて参りました。十分とかからない道でございます。途中の道が細く、両側にお店がございました。まだ開いていないお店が多うございました。その一軒の軒先で、旅装の男の方が、黒い手帳に何か書いておいででした。見るともなく、その手の動きを見ました。書いては止まり、また書く。私が毎日する手の動きとは違いますが、何かを書き留めておこうとする手つきは、少し、あの方のノートに似ておりました。
新幹線の座席で、鞄から手帳を出しました。出して、開かずに、膝の上に置いておきました。会津に戻りましたら、あのノートの続きを、私が書くことになるのだと思います。三十七ページの、三十八ページ目から。書けるかどうかは、まだ分かりません。分かりませんが、白いタオルに移った跡のように、書いておかないと消えてしまうものが、確かにあるのだと、いまは思います。
