宿と小説の読みもの、余白
RECORD № 074

数えていない

選ばなかった人生を説明しない、静かな肯定

子を持たない生き方を選んだ。そこに至る道のりを、誰にも説明しない。説明しないことは、隠すことではない。他所の物差しで測られない練度が、少しずつ上がっている。

有希という語り手について →

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何年か

兄から電話が来た。法事の話ではなかった。

「有馬、行かないか」とだけ言った。理由は聞かなかった。理由を聞かない代わりに、いつ以来だろう、と考えた。二人だけで、どこかへ行ったのは。

思い出せなかった。実家の相続の話でなら、この一年で三度会っている。二人だけで、用事の無い場所へ行ったのは、たぶん、もっと前だ。

何も持たずに

新幹線で新神戸まで来て、三宮に出た。三宮から地下鉄と神戸電鉄を乗り継いで、有馬温泉駅まで三十分ほどだった。駅から宿までは、歩いて十分もかからない。送迎もあるというが、私たちは歩いた。

宿は、鎌倉時代に湯口屋として始まったという。何百年か、その場所で同じ商売を続けている。誰が継いだか、誰が継がなかったかを、私は聞かなかった。廊下に将棋盤が置いてあった。誰も指していなかった。

画像はイメージです

部屋に着くと、兄は鞄から何も出さなかった。書類が無い。いつもなら、実家の名義変更の話や、固定資産税の紙が、鞄のどこかに入っている。今日は無い。何も持たずに来たのは、私も同じだった。

金泉

風呂は茶色かった。鉄分が多く、空気に触れると色が変わるのだと、貼り紙にあった。湯船の縁に、色の跡がついている。何百年ぶんかは分からないが、洗っても取れない跡だという。

少し離れた洗い場に、男が一人いた。石鹸を使わず、湯だけで身体を流していた。

兄が、跡は取らなくていいんだと、誰かに聞いたように言った。取れない跡を、無理に取ろうとしない宿なのだと思った。

画像はイメージです

夕食は部屋で出た。兄は、姪の話を少しだけした。写真のことには、触れなかった。触れなかったことに、私は気づいたが、言わなかった。

給仕の人が、長くこの宿にいるらしく、器の名前をいくつか教えてくれた。器の名前を、私は一つも覚えなかった。

数えていない

朝、駅まで歩いた。

「また行こうか」と兄が言った。「相続の話じゃなくて、なんか適当に、思いついたときに、また」

何年後か、とは聞かなかった。次はいつか、を決めない誘い方を、初めて兄がした。

私は、いいね、とだけ答えた。次に会うのが、相続の話のためだけにならないように。数えるのは、やめておくことにした。

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Field Notes

陶泉 御所坊

Overview

兵庫県
Region
兵庫県神戸市北区有馬町(有馬温泉)
Access
新神戸から三宮に出て、地下鉄と神戸電鉄を乗り継いで有馬温泉駅へ約30分。駅から宿までは徒歩10分以内(無料送迎あり)。
Price
予約サイトで確かめた六万円台前半〜(1名1室・夕朝食付) 2名1室での実測三万円台後半〜(2名1室の1名分・夕朝食付) 公開の情報から中価格帯(2名1室朝食付 税込四万円台半ば〜)

Facility

Room
全17室。和室 / 和洋室(地久スタンダード和室、地久スタンダード和室ツイン、中庸デラックス和室ツインなど)
Meal
部屋食

宿タイプ

  • 温泉旅館
  • 老舗宿
  • 部屋食の宿
  • 貸切風呂の宿

向いている人間

  • 有馬の金泉に源泉100%かけ流しで入りたい二人
  • 食事を部屋で取りたい人
  • 駅から歩ける距離の温泉街の宿を求める人

向いていない人間

  • 大浴場で男女別の湯を求める人(大浴場「金剛泉」は半混浴)
  • 18時までにチェックインできない人
  • 10時より遅くチェックアウトしたい人

予約前の注意事項

大浴場「金剛泉」は半混浴・半露天である。男女別の湯を前提にする場合は貸切風呂の利用を検討すること。チェックインは15:00〜18:00、チェックアウトは10:00。料金は変動する。

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