本記事はアフィリエイト広告(Expedia・一休.com・じゃらんnet)を利用しています。
何年か
兄から電話が来た。法事の話ではなかった。
「有馬、行かないか」とだけ言った。理由は聞かなかった。理由を聞かない代わりに、いつ以来だろう、と考えた。二人だけで、どこかへ行ったのは。
思い出せなかった。実家の相続の話でなら、この一年で三度会っている。二人だけで、用事の無い場所へ行ったのは、たぶん、もっと前だ。
何も持たずに
新幹線で新神戸まで来て、三宮に出た。三宮から地下鉄と神戸電鉄を乗り継いで、有馬温泉駅まで三十分ほどだった。駅から宿までは、歩いて十分もかからない。送迎もあるというが、私たちは歩いた。
宿は、鎌倉時代に湯口屋として始まったという。何百年か、その場所で同じ商売を続けている。誰が継いだか、誰が継がなかったかを、私は聞かなかった。廊下に将棋盤が置いてあった。誰も指していなかった。

部屋に着くと、兄は鞄から何も出さなかった。書類が無い。いつもなら、実家の名義変更の話や、固定資産税の紙が、鞄のどこかに入っている。今日は無い。何も持たずに来たのは、私も同じだった。
金泉
風呂は茶色かった。鉄分が多く、空気に触れると色が変わるのだと、貼り紙にあった。湯船の縁に、色の跡がついている。何百年ぶんかは分からないが、洗っても取れない跡だという。
少し離れた洗い場に、男が一人いた。石鹸を使わず、湯だけで身体を流していた。
兄が、跡は取らなくていいんだと、誰かに聞いたように言った。取れない跡を、無理に取ろうとしない宿なのだと思った。

夕食は部屋で出た。兄は、姪の話を少しだけした。写真のことには、触れなかった。触れなかったことに、私は気づいたが、言わなかった。
給仕の人が、長くこの宿にいるらしく、器の名前をいくつか教えてくれた。器の名前を、私は一つも覚えなかった。
数えていない
朝、駅まで歩いた。
「また行こうか」と兄が言った。「相続の話じゃなくて、なんか適当に、思いついたときに、また」
何年後か、とは聞かなかった。次はいつか、を決めない誘い方を、初めて兄がした。
私は、いいね、とだけ答えた。次に会うのが、相続の話のためだけにならないように。数えるのは、やめておくことにした。
