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特に用は無い
「特に用は無いけど」と言った。前置きだった。前置きなのに、それで全部だった。
兄からの電話だった。有馬から、二か月ほど経っていた。前のときも、同じ言い方だった。
一月に、後輩の育休の引き継ぎを二人ぶん引き受けた。決まるまでの会議は十分で終わった。有希さんは動けるから、と部長が言った。反論はしなかった。手帳の二月の頁を開いて、また閉じた。引き継ぎ書は二冊で二百四十頁あって、その日のうちに読んだ。
席に戻って、湯呑みに口をつけた。冷めていた。冷めているのが分かってから、飲み干した。
二月に三日続けて休むつもりで、卓上のカレンダーには十一日から先に線を引いてあった。引き継ぎが決まった日に、消しゴムをかけた。跡は残った。
秩父の宿を、兄が調べていた。西武秩父から車で十分ほどだという。近い。部屋は十二。夕食は、付けても付けなくてもいい。
カレンダーに鉛筆を当てて、線は引かずに置いた。
十分ほど
池袋から西武池袋線の特急に乗った。一時間ほどで、西武秩父に着いた。
送迎は、十六時の便にした。助手席に、軍手が片方だけ置いてあった。
「この時期は空いてます。紅葉も終わって、雪もまだで、ちょうど何も無い時期なんです」と運転手が言った。いちばん儲からん時期でしょう、と兄が言った。運転手は笑って、そうです、と答えた。

宿は、文政十年に建ったという。玄関に、来客用のスリッパが不揃いに並んでいた。数えると、十一足あった。私は履かずに、そのまま上がった。
私たちの部屋は、素泊まりのプランで取った。夕食も、決めていなかった。
何も決めずに
夕方、宿の人に、この辺りで食べる場所はあるかと聞いた。歩いて五分の店を教えてもらった。蕎麦屋だった。
蕎麦屋の隅の卓に、男が一人座っていた。手帳を開いて、何行か書いた。書いてから、二度読み返していた。もりを一枚だけ頼んで、長く座っていた。店主は、何も聞かなかった。
兄と、隣り合って座った。私はもり、兄はかけを頼んだ。もりが先に来て、かけは少し遅れた。兄は、先に食べろ、と言った。私は箸を割って、置いた。
店主が、うちは十時に閉めますと言った。兄は湯呑みを置いた。私は箸袋を折った。

宿に戻ると、湯に入った。加温だと貼り紙にあった。源泉は十五度の冷たい水で、それを沸かして使っているという。
兄が湯に手を入れて、ぬるい、と言った。言って、それきりだった。
私は待っていたが、兄は肩まで沈んだ。湯気が梁のところでたまって、また落ちてきた。加温の貼り紙の隅が、その湿りでめくれていた。兄が上がるまで、それを見ていた。
兄は先に上がった。私は残って、湯船の縁の目地を見ていた。一本だけ白い。指でなぞると、そこだけ滑らかだった。何度かなぞってから、手を湯に戻した。
部屋に戻ると、兄は先に寝ていた。いびきは無かった。私は電気を消して、障子の外が思ったより明るいのを見ていた。看板の灯りだった。桟の影を数えかけて、六本でやめた。外で車が一台通って、あとは通らなかった。
次
朝、送迎バスで駅まで戻った。改札の前で別れた。
その晩、私から電話をかけた。「次も、特に用は無いときにしよう」と言った。
兄は、そうする、と言った。
理由を聞かれる前に、切った。
カレンダーの、消しゴムの跡の残っている週に、線を引き直した。三日ではなく、一泊ぶんだけ。
