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一段落
妻の親の介護が、去年終わった。終わってから、何をすればいいのか、しばらく二人とも分からなかった。予定という予定を、長いあいだ、介護の都合で決めていた。決める都合が、なくなった。
何も決めずに泊まれる宿にしよう、と妻が言った。僕は、いいね、と答えた。答えてから、宿の候補を三つ選んで、それぞれの送迎の時刻を表にしていた自分に気づいた。
三便
西武秩父駅に着いて、送迎の時刻を確かめた。十五時、十六時、十七時。僕は迷わず十五時の便にした。迷わなかったことに、妻が、早いね、と言った。
駅前のベンチで、同じ送迎を待つらしい客が一人、荷物も持たずに座っていた。時計は見ず、ただ通りを眺めていた。
早く着いて、何をするか決めていなかった。決めていないことに、僕は落ち着かなかった。落ち着かないことを、妻には言わなかった。

三タイプ
部屋は三タイプあると聞いていた。妻が、露天風呂付きでいい、と決めた。僕は、その決め方の速さに、少し驚いた。介護のあいだ、妻はいつも即断していた。速さは、そのころの癖のままなのかもしれない。
夕食は部屋に来た。品数を、僕は数えなかった。数えなかったことを、自分で確かめて、また数えそうになった。

予定を詰めない練習
湯に入って、窓の外を見た。何も予定がない、という状態に、僕はまだ慣れていない。慣れていないことを、妻に言った。
「わたしも」と妻が言った。「介護の予定がなくなって、空いたところに、また予定を入れたくなる」
予定を詰めない練習を、僕らはまだしていない。していないことに、今日、気づいただけである。
送迎バス
翌朝、九時五十分の送迎バスに乗った。十一時の便もあったが、早いほうを選んだ。早く選んだ理由を、妻には言わなかった。妻も聞かなかった。
駅に着いて、次はどこへ行くか、妻が聞いた。僕は、決めていない、と答えた。決めていない、と言えたことに、少しだけ、進んだ気がした。
