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五つ
会社を人に渡して、一年になる。毎朝、睡眠スコアを見る癖は残っている。見て、誰にも言わない。前は月曜の朝会で心拍変動の話をした。笑われたが、聞いてはもらえた。いまは、見た数字がどこにも行かない。
五月の朝、画面を閉じてから、親指がもう一度同じ場所を押した。何も出なかった。
妻に、京都へ行くと言った。何しに、と聞かれて、風呂が五つある、と答えた。妻は、そう、と言った。そう、で終わりだった。僕は五秒ほど待った。続きは来なかった。
無料の貸切風呂が五つある、と予約の画面に書いてあった。
五つ全部に入れば、宿泊費のうち風呂に払っている分の元が取れる。取れる、という考え方が正しいのかどうかは分からないが、割り算はできる。一泊の料金を五で割った。
割ってから、時間の枠も見た。四十五分刻みで、一日に何枠あるかを数えた。数えて、五枠を先に押さえた。
課題は、一人で五つ回りきれるかだった。解決は、時間の枠を先に押さえることだった。
押さえてから、回りきることがなぜ課題だったのか、分からなくなった。
鉄道博物館
宿を決めた理由は、鉄道博物館が歩いてすぐだったからだ。展示の数も、開館の時刻も、全部が数で書いてある。数で書いてあるものの前にいるのは、楽である。楽だと思ってから、それが情けないことなのかどうか、決められなかった。
展示車両の台数、開館時間、一周に必要な歩数。着く前に、だいたいの数字は調べてあった。着いてから、調べた数字と実際の数字を照らし合わせた。ほとんど合っていた。

蒸気機関車の前で、子どもが親に何かを指差していた。親は答えず、時刻表のアプリを見ていた。子どもは指差したまま、しばらく動かなかった。
一台の機関車の前に、どれくらい立っていられるか。数えようとして、やめた。
三つ目
一つ目の貸切風呂は、四十五分いっぱい使った。二つ目も、ほぼ使い切った。
三つ目に入ったところで、時間を見るのをやめた。
壁の湯温計が四十一度を指していた。指しているのを見て、それから目を閉じた。閉じているあいだ、外の道を車が通った。二台。三台目は来なかった。来ないので、数えるのもやめた。
湯の温度が、一つ目や二つ目と違う気がした。確かめる道具を、僕は持っていなかった。持っていないことに、気づいたのが遅かった。
三つ目を出ると、次の人が扉の前まで来ていた。まだ十分あるはずだった。その人は腕も壁も見ずに、扉の木目を見ていた。
四つ目の枠は、押さえたまま行かなかった。五つ目も同じだった。

湯気の匂いを、僕は言葉にできない。手のひらを湯から出して、匂いを嗅いだ。二回嗅いだ。二回目のほうが薄かった。
二つ
夕方、帳場の前で呼び止められた。四時からのお風呂をお使いにならなかったので、次の方をご案内しました、と言われた。
すみません、と言った。寝てしまって、と続けた。寝ていない。
係の人は、よくあることです、と言って、次の客のほうへ行った。五時からの枠は、そのままになっていた。
夕食は下でとった。黒毛和牛のグレードアッププランにするかどうか、直前まで迷って、迷ったままいつものプランにした。
離れた席では、仲居が客の空いた皿を数えていた。数え終えると、次の膳の支度に戻った。

食後、腕からデバイスを外した。外して、机に置いた。充電の線は、今日はつながなかった。
つながなかった理由も、やはり分からない。
元が取れなかった話
五つのうち、二つしか入らなかった。元は取れなかった。
報告する相手が、今日はいない。
翌朝、睡眠スコアを見なかった。見なくても、一日は始まった。
次の晩からは、また見ている。
