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二十七
机の端に、菓子の缶がある。
中に、母が切り抜いた旅行雑誌の頁が十九枚入っている。母は、丸も、印も、日付もつけていない。開けるのは、月に一度あるかないかである。
開けても、何もしない。数えて、閉じる。数えなくても十九枚だと分かっているのに、毎回数える。
四月に、部署の歓迎会があった。新しく来た人に、ご家族は、と聞かれた。いません、と答えた。相手は、すみません、と言った。謝られる理由が分からなかったので、いえ、とだけ言った。話はそこで別のほうへ行った。
帰りの電車で、吊り革を持った手が、ずっと同じ高さにあった。持ち替えなかったのに気づいたのは、家の前まで来てからである。
その晩、宿の画面を開いた。遠くて、四月に何も無いところがいい。北海道は、四月に何も無い。
一名にした。部屋が九つ。プランが二十七。
二十七である。二名にすると三十七になるが、二十七でも、私がこれまでに見たどの宿より多い。
上から読んだ。食事の付くもの、朝食だけのもの、遅く着く日のためのもの。名前が長い。何が付くのかを、名前の中に全部書いてある。
読み終えて、決まらなかった。
減らないと、こちらが選ぶことになる。
短い
三十分ほど、画面を開いたままにしていた。
それから、いちばん名前の短いものを選んだ。
理由は、短いからである。中身で選んだのではない。二十七の中から一つを選ぶのに、私が持ち出せた基準は、それだけだった。

母の切り抜きのことを、そのとき少し考えた。
母は二十枚を切って、缶にしまって、理由を書かなかった。丸をつけたのは一枚だけで、それも缶とは別のところにあった。
理由が書かれていないことを、私はこれまで、決めなかったことだと思っていた。
登別
飛行機で千歳まで行って、鉄道で登別まで出た。駅からバスで十五分、終点で降りて五分歩く。
四月の北海道は、東京の三月に近い。木の芽は出ているが、風はまだ冷たい。

宿は大きかった。廊下が長く、途中で方向が変わる。案内の札がところどころに立っていて、それを読みながら歩いた。
湯は広い。人は多いが、声は少ない。湯気で、向こう側が見えない。縁に腰かけて、桶の置かれる音を聞いていた。同じ場所から、いくつか続いた。数えようとすると、間があいた。間があくと、どこまでだったか分からなくなる。
湯に戻って、二十七のことを思い出した。選んだのは、名前の短いものである。
選ばなかった二十六が、どういうものだったかを出そうとした。三つまで出た。四つ目が出なかった。
出ないまま、しばらく入っていた。指の腹に皺が寄っていた。伸ばそうとして、伸びないので、やめた。
上がるとき、湯の縁に手をついた。手のひらの跡が、石の上に残って、すぐ消えた。
夕食は選んだプランのもので、名前の短さのわりに、品は多かった。
食事処で、係の人がプランの名を読み上げはじめた。
はい、と、読み上げ終わる前に答えた。係の人は、最初から読み直した。短い名なので、二度目もすぐ終わった。
二度聞いても、何が付くのかは言えなかった。
二十枚
朝、部屋で荷物をまとめた。
缶は持ってきていない。前に一度、切り抜きを一枚だけ持ってきたことがある。今回は持たなかった。持つ理由がなかったからだ。
バスを待つあいだ、二十七のことをまた考えた。
母は、旅行雑誌の一冊から二十枚を切った。一冊に頁は何百とある。そこから二十枚を選んだということは、選ばなかった頁が、その何十倍もあるということだ。
十九枚
東京に戻って、缶を開けた。
十九枚に、今回も何もつけていない。丸も、印も、日付も。行くつもりは、いまもない。

これは、理由の書かれていない十九枚ではない。母が、切らなかった何百頁のほうを先に決めた結果である。
缶を閉じて、机の端に戻した。位置は前と同じである。
