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十一通り
三時になると、玄関の戸を開ける。
お着きは三時から五時半までとお願いしている。夕の膳の支度と湯の刻限から逆に数えると、そこしか無い。狭いと仰る方もあるが、狭いなりの理由のある狭さである。
休みをいただいて、よその宿を取るときも、私はまずその刻限を探してしまう。何時まで人を置いている宿なのかが、そこに出る。
三月に佐賀の宿を開いた。プランが十一通り並んでいた。
名前を、上から順に読んだ。
素泊まりのものに、入りの刻限が書いてあった。二十二時まで、とある。
うちは、お着きを三時から五時半までとお願いしている。夕の膳の支度と湯の刻限から逆に数えると、そこしか無い。二十二時まで受けるというのは、その時刻まで人を置くということである。
五時半と二十二時のあいだには、四時間半ある。四時間半ぶんの人を、あちらは置いている。
もう一つ、目が止まったものがあった。
夕食のみ、というプランである。早く出る方のために、と添えてあった。
夕の膳は出すが、朝の膳は出さない。朝、誰も部屋へ行かない客がいる、ということである。
うちの品書きに、その項目はない。
十一通りを二度読んで、私は、この宿が何時の客を受けると決めたのかを、だいたい読み取った。読み取ったつもりになった、と書くほうが正しい。
四十五分
三月の休みをもらって、佐賀まで行った。
飛行機で入って、佐賀の駅前からバスに乗った。七番のりばである。番号は掲示に出ていて、迷わなかった。
バスは市街を抜けて、川に沿って上がった。四十五分。降りてから、十分ほど歩く。

三月の山は、色がまだ決まっていない。枯れているのでも、芽が出ているのでもない。決まっていないものを見るのは、あまりない。
素泊まり
私が取ったのは、素泊まりであった。
十一通りのうち、いちばん安いものである。一万円に届かない。
素泊まりを取るというのは、誰も部屋へ来ない、ということである。
夕方に案内をいただいて、それきりであった。廊下を人が通る音はする。通るが、こちらの襖の前では止まらない。

湯に入った。長く入った。
上がって、部屋に戻って、座った。何もすることがない。
長いこと、膳を運んでいる。運ぶ側にいると、部屋の中で客が何をしているかは分からない。襖の前で息を整えて、声をかけて、入って、置いて、下がる。その前後のことを、私は知らずに来た。
何もすることがない、というのが、こういう時間であることを、今日はじめて知った。
夕食は、外へ出て食べた。歩いて十分ほどのところに店があった。
男
戻ってきて、もう一度湯へ行った。
先客が一人いた。男である。湯に入らず、洗い場でもなく、脱衣所の板の間に座っていた。座って、自分の膝を見ていた。
私が入っていくと、その人は立って、湯のほうへ行った。
出るとき、その人はまだ湯にいた。長い。長いが、動いていない。うちにも、そういうお客様がいらっしゃる。長く入る方は、たいてい静かである。
糸
会津に戻って、勤めに出た。
汁椀は、二センチ手前のままである。誰も何も言わない。後輩も、あれから言わない。
その後輩が、繕い物の糸を切っていた。私と同じ長さである。
いつからか、あの子はそう切るようになった。理由を聞いたことはある。ノートにそう書いてあったから、と答えられた。書いていない。書いていないものを、あの子は決まりとして受け取っていた。
決まりではない、と私が書いたのは、一年前の便箋である。書いて、引き継ぎのノートに挟んで、そのままにしてある。

その日、私は口で言った。
糸の長さは、決まりではありません。私のやり方です。
あの子は手を止めて、こちらを見た。それから、はい、と言った。次に切った一本は、少し長かった。少しである。
言ってしまえば、十秒であった。
十一通りの品書きを二度読んで、宿の考えを読み取ったつもりになった。あちらは、書いてあったから読めたのである。うちで決まりになっていたものは、どこにも書かれていない。書かれていないものが、見ているだけで伝わっていた。
私は、書いた。書いて、渡さなかった。
渡さなければ、書いていないのと変わらない。
便箋
一年前の便箋は、まだノートに挟んである。
渡すつもりで書いた。渡さないまま一年が経って、その一年のあいだも、あの子は同じ長さに切り続けていた。
渡さない理由は、前とは変わった。前は、渡し方が決まらなかった。いまは、渡すほどのことではなくなった。中身は、もう言ってしまった。
紙は、そのままにしてある。捨ててはいない。
汁椀は、いまも二センチ手前にある。
