宿と小説の読みもの、余白
RECORD № 102

十一通り

客を情報ではなく、顔で記憶する技術

五ヶ月前に一度お泊まりになった方の顔は、憶えている。前と何が違うかも、だいたい言える。記録は見ない。宿には宿の合理があって、それは都会のものとは別の原理で回っている。

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十一通り

三時になると、玄関の戸を開ける。

お着きは三時から五時半までとお願いしている。夕の膳の支度と湯の刻限から逆に数えると、そこしか無い。狭いと仰る方もあるが、狭いなりの理由のある狭さである。

休みをいただいて、よその宿を取るときも、私はまずその刻限を探してしまう。何時まで人を置いている宿なのかが、そこに出る。

三月に佐賀の宿を開いた。プランが十一通り並んでいた。

名前を、上から順に読んだ。

素泊まりのものに、入りの刻限が書いてあった。二十二時まで、とある。

うちは、お着きを三時から五時半までとお願いしている。夕の膳の支度と湯の刻限から逆に数えると、そこしか無い。二十二時まで受けるというのは、その時刻まで人を置くということである。

五時半と二十二時のあいだには、四時間半ある。四時間半ぶんの人を、あちらは置いている。

もう一つ、目が止まったものがあった。

夕食のみ、というプランである。早く出る方のために、と添えてあった。

夕の膳は出すが、朝の膳は出さない。朝、誰も部屋へ行かない客がいる、ということである。

うちの品書きに、その項目はない。

十一通りを二度読んで、私は、この宿が何時の客を受けると決めたのかを、だいたい読み取った。読み取ったつもりになった、と書くほうが正しい。

四十五分

三月の休みをもらって、佐賀まで行った。

飛行機で入って、佐賀の駅前からバスに乗った。七番のりばである。番号は掲示に出ていて、迷わなかった。

バスは市街を抜けて、川に沿って上がった。四十五分。降りてから、十分ほど歩く。

画像はイメージです

三月の山は、色がまだ決まっていない。枯れているのでも、芽が出ているのでもない。決まっていないものを見るのは、あまりない。

素泊まり

私が取ったのは、素泊まりであった。

十一通りのうち、いちばん安いものである。一万円に届かない。

素泊まりを取るというのは、誰も部屋へ来ない、ということである。

夕方に案内をいただいて、それきりであった。廊下を人が通る音はする。通るが、こちらの襖の前では止まらない。

画像はイメージです

湯に入った。長く入った。

上がって、部屋に戻って、座った。何もすることがない。

長いこと、膳を運んでいる。運ぶ側にいると、部屋の中で客が何をしているかは分からない。襖の前で息を整えて、声をかけて、入って、置いて、下がる。その前後のことを、私は知らずに来た。

何もすることがない、というのが、こういう時間であることを、今日はじめて知った。

夕食は、外へ出て食べた。歩いて十分ほどのところに店があった。

戻ってきて、もう一度湯へ行った。

先客が一人いた。男である。湯に入らず、洗い場でもなく、脱衣所の板の間に座っていた。座って、自分の膝を見ていた。

私が入っていくと、その人は立って、湯のほうへ行った。

出るとき、その人はまだ湯にいた。長い。長いが、動いていない。うちにも、そういうお客様がいらっしゃる。長く入る方は、たいてい静かである。

会津に戻って、勤めに出た。

汁椀は、二センチ手前のままである。誰も何も言わない。後輩も、あれから言わない。

その後輩が、繕い物の糸を切っていた。私と同じ長さである。

いつからか、あの子はそう切るようになった。理由を聞いたことはある。ノートにそう書いてあったから、と答えられた。書いていない。書いていないものを、あの子は決まりとして受け取っていた。

決まりではない、と私が書いたのは、一年前の便箋である。書いて、引き継ぎのノートに挟んで、そのままにしてある。

画像はイメージです

その日、私は口で言った。

糸の長さは、決まりではありません。私のやり方です。

あの子は手を止めて、こちらを見た。それから、はい、と言った。次に切った一本は、少し長かった。少しである。

言ってしまえば、十秒であった。

十一通りの品書きを二度読んで、宿の考えを読み取ったつもりになった。あちらは、書いてあったから読めたのである。うちで決まりになっていたものは、どこにも書かれていない。書かれていないものが、見ているだけで伝わっていた。

私は、書いた。書いて、渡さなかった。

渡さなければ、書いていないのと変わらない。

便箋

一年前の便箋は、まだノートに挟んである。

渡すつもりで書いた。渡さないまま一年が経って、その一年のあいだも、あの子は同じ長さに切り続けていた。

渡さない理由は、前とは変わった。前は、渡し方が決まらなかった。いまは、渡すほどのことではなくなった。中身は、もう言ってしまった。

紙は、そのままにしてある。捨ててはいない。

汁椀は、いまも二センチ手前にある。

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Field Notes

古湯温泉 佐賀風雅

Overview

佐賀県
Region
佐賀県佐賀市富士町大字小副川(古湯温泉)
Access
佐賀駅バスセンター7番のりばから「古湯・北山中原・麻那古行き」バスで約45分、「古湯温泉」下車、徒歩約10分。車は佐賀大和ICから約19分、佐賀駅から約35分、佐賀空港から約55分、福岡空港から約1時間10分
Price
予約サイトで確かめた一万円に届かない(1名1室・素泊まり) 公開の情報から中価格帯(Reluxの1名1室で素泊まり一万円に届かない。会席の付くものは2万円台まで幅がある)

Facility

Room
大人1名・1室の検索で部屋5件・プラン11件(2名の検索では部屋7件・プラン11件)。プラン数は1名と2名でまったく同じ
Meal
素泊まり・朝食付き・夕食のみ・会席付きが1名でも選べる。夕食だけで朝食を付けないプランもある

宿タイプ

  • 温泉旅館
  • 山あいの宿

向いている人間

  • 一人で予約したい人(1名で部屋5件・プラン11件が表示される)
  • 1泊を1万円以内に収めたい一人客(素泊まり¥9,405〜)
  • 食事の付け方を細かく選びたい一人客(夕食だけを付けることもできる)

向いていない人間

  • 駅から歩いて着きたい人(佐賀駅からバスで約45分、そこから徒歩約10分)
  • 部屋を広く選びたい一人客(1名で出る部屋は5件。2名なら7件)
  • 移動を短くしたい人(東京からは飛行機と乗り継ぎ)

予約前の注意事項

佐賀駅バスセンター7番のりばから約45分のバスに乗り、バス停から徒歩約10分。1名でもプランは11件出て、これは2名とまったく同じ数。素泊まり・朝食付き・夕食のみ・会席付きが選べ、夕食だけを付けて朝食を付けない取り方もできる。料金は素泊まりの¥9,405から会席付きの2万円台まで幅があるので、予約の段階で条件を確かめること。

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