宿と小説の読みもの、余白
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電車を降りてからが、本当の移動になる。

遠い、というのは、東京から何時間かかるかのことだと思っています。四時間、五時間。数字が大きいほど遠い、と読みます。その読み方の中身から先に言います。

その数字は、二つに分かれます。

新幹線や飛行機に乗っている時間と、そこを降りてから宿に着くまでの時間です。八軒は、後ろのほうが長い。最寄りの駅や港に着いてから、まだ三十五分から九十分あります。

岡山県 / 山形県 / 徳島県 / 高知県 / 青森県 / 沖縄県 / 広島県旅館 國崎(長崎県雲仙市)は、地図の元データに本土の輪郭が無いため塗っていない。

路線バスに乗る

駅前から出る路線バスで、山あいや海沿いへ入ります。いちばん長いのが名泉鍵湯 奥津荘の津山駅から約六十分、いちばん短いのが和の宿 ホテル祖谷温泉とホテル松葉川温泉とランプの宿 青荷温泉の約三十五分で、大友屋旅館の約五十五分と旅館 國崎の約五十分がそのあいだに入ります。

青荷温泉だけは、その三十五分の先にさらに宿の送迎バスで約二十分あります。

前と後ろでは、同じ分数でも中身が違います。新幹線の一時間は、座ったまま止まらずに進む一時間です。路線バスの一時間は、停留所ごとに扉が開き、そのたびに外の空気が入れ替わり、乗ってくる人の荷物が通路をふさぎ、また閉まる一時間です。

速度が落ちきったあとに、いちばん長い一段が来ます。

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この軸で選ぶと、着いた日の午後がまるごと移動になります。昼を過ぎてから最寄り駅に降り、そこからさらに一時間近く乗って、着けば夕食までの時間しか残りません。かわりに、翌朝までの何もしない時間の入口が、宿の玄関ではなくバスの座席のほうに移ります。所在地の欄も評点の欄も、その日の午後がどこで使われるかは書きません。

分けたのは、降りてから何に乗るかです。路線バスがある土地と、車か船しかない土地では、確かめることが違います。

車か、船に乗る

海の旅亭おきなわ名嘉真荘は那覇空港から沖縄自動車道の屋嘉インターチェンジを経由して約九十分で、この八軒でいちばん長くなります。ホテル清風館は、竹原駅から港まで約十八分歩いたうえで、竹原港からフェリーで約二十五分渡り、垂水港で送迎車に乗り換えてさらに約十六分です。降りるたびに乗り換え、そのつど荷物を持ち上げ直すことになります。

向かないとき

これは、宿が不便だという話ではありません。遠いのは土地の側の条件です。そのうえで、到着の時刻を自分で決めたい人には向きません。

大友屋旅館へ向かう新庄駅前発のバスは七時二十分から十八時五分までの七便で、土日祝は四便になるので、一本落としたときに次があるかどうかは、その日が平日か休日かで変わります。ランプの宿 青荷温泉は冬期の十二月一日から三月三十一日まで路線バスが運行せず、国道102号の入口から宿までが一般車両通行止めになるので、夏に組んだ経路はその期間そのまま使えません。

ホテル清風館はフェリーの便数と最終便の時刻が季節で変わると宿が書いているので、夏に見た時刻表のまま冬の旅程を組むと、ここがずれます。ホテル松葉川温泉の送迎は七日前までに要相談で、宿泊プランと時間によっては出せないと宿が書いているので、送迎を当てにするなら一週間前には相談を済ませておくことになります。

駅前にタクシーが何台いるかは、行ってみないと分かりません。「タクシーなら何分」は所要であって、乗れる保証ではありません。列車を降りてホームを歩き、改札を抜けて、駅前のロータリーに屋根の灯りが見えるかどうかは、そこに着いてからでないと分かりません。名嘉真荘の公共交通は所要約百三十分とされますが、停留所と本数は確認できていません。

ここに並ぶのは各宿の記録に書かれていたもので、便数と時刻は変わります。

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長さの向きを変えると、別の八軒になります。駅のそばで降りて終わるなら遠くまで来て、駅の近くに泊まる宿、長いのが最後の一区間だけなら二時間で着いて、最後だけ車に乗る宿があります。

着く前に、着いている

降りてからの九十分は、旅程表の上ではまだ移動です。

実際には、そのあいだに景色が変わりきってしまいます。海が出てくるか、山に入るか、家が減っていくか。窓を細く開ければ、途中のどこかで空気の湿り気も匂いも入れ替わっていて、襟から入ってくる風の温度が、駅で列車を降りたときとはもう違っています。

宿の玄関をくぐる前に、その土地にはもう入っています。

その境目がどこだったかは、旅程表のどこにも書かれていません。

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