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窪川
沖縄から帰って、しばらく経つ。あのとき妻に頼まれた紅型の小物入れは、玄関の壁に、紐で掛かっている。掛けたのは妻だ。
今度の旅では、何も頼まれなかった。
先週、玄関の電球が切れていたので、脚立を出した。出したところで、もう替わっているのに気づいた。妻は台所にいて、こちらを見ずに、朝のうちにやった、と言った。脚立をたたんで、元の場所に戻した。三十秒もかからなかった。
その晩、時刻表を開いた。土讃線の頁には、鉛筆で丸を付けた駅が七つある。丸を付けたのは、五十代の終わりだったと思う。七つのうち、降りたのは二つだ。窪川は、丸が付いたままの駅だった。
丸の残っている五つを、順に見た。窪川からバスで三十五分の山あいに、湯を二つ持つ宿があると出ていた。泉質が違うのだという。二つあれば、片方が塞がっていても、もう片方に入れる。
岡山で乗り換えて、四国に入って、山を越えて、海を見て、また山に入る。特急の車内で、駅名を目で追った。
窪川で降りた。ホームが広い。使われていない線路が一本、草に埋もれていた。鉛筆の丸を、指で消した。消しゴムは持っていないので、爪でこすっただけだった。跡は残った。
三十五分
駅前から、四万十交通のバスに乗った。松葉川温泉行き。三十五分。
乗客は、私のほかに二人。どちらも地元の人で、途中の集落で降りた。降りるとき、運転手と短く言葉を交わしていた。何を言ったのかは聞き取れなかった。

窓の外は、川に沿った道だった。水が澄んでいて、底の石が見える。刈り入れの済んだ田が、山の際まで段になって続く。
ススキが出ていた。まだ穂が開ききっていない。
時刻表
宿は、川のそばに一軒で建っていた。
帳場の横に、湯の時間の掲示があった。十五時から二十三時。六時から九時。それ以外は入れない、と書いてある。
湯は二つあった。片方は硫黄の匂いがして、指がぬるりとした。もう片方は、匂いが薄い。
露天から川が見えた。水の音が、湯の音より大きい。

子持ち鮎
夕食に、鮎が出た。子持ちだという。腹に卵が詰まっていて、箸を入れると、崩れずに割れた。
塩が強めだった。私はこれくらいがいい。妻は薄いほうがいいと言う。
部屋で、万年筆を出した。インクは青。同期の名前は、今回も書かなかった。
代わりに、鮎の腹の卵のことを書いた。三行。それだけ書いて、蓋をした。
自転車
朝、九時を少し過ぎてから、湯へ行った。閉まっていた。
押してみた。動かない。廊下を回って、もう一方の扉も押した。同じだった。
掲示は昨日読んだ。桶を抱えたまま部屋へ戻った。浴衣を脱いで、また同じ浴衣を着た。首の後ろが乾いていた。
帳場へ行った。人はいた。何時から開きますか、と聞いた。
十五時から、と言われた。掲示のとおりである。読んで、憶えていた。憶えていて、聞いた。
「玄関の横にも出しております」と言われた。読みました、と答えた。そのあとが続かない。相手は帳簿に目を戻した。私は桶を抱えたままで、抱えているのに気づいて、床に置いた。置く音が、思ったより大きかった。
玄関の脇に、貸自転車の札が出ていた。自転車は二台あった。一台は前かごに、折り畳んだ地図が入れたままになっている。畳み目が深い。私はもう一台を借りて、川沿いを少し走った。二キロも行っていない。
帰りのバスまで、時間があった。玄関の椅子で、時刻表を開いた。四国の頁に付箋が貼ってある。沖縄の頁から移したまま、次はまだ決めていない。丸の残った駅は、四つになった。
万年筆を出して、その頁の余白に、湯の時間を書いた。十五時から二十三時。六時から九時。
丸は鉛筆で付けてきた。インクは消えない。
閉じずに、膝の上に開いたままにしていた。バスが来るまで、そうしていた。
窪川の駅で、売店に柚子の皮の砂糖漬けがあった。頼まれていない。買った。
袋が思ったより大きくて、鞄に入らなかった。手に提げて、ホームまで歩いた。
