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娘の段取り
娘から電話が来たのは、水曜の夜だった。
温泉に行かないか、という誘いである。誘われたのは、たぶん、初めてではない。ただ、行き先も宿も日取りも決まっている誘いは、初めてだった。私は行くとだけ答えた。答えてから手帳をひらいて、書くことが何もないのに気づいた。段取りは全部、娘の側にある。
翌朝、予約の画面が転送されてきた。宮城の、鎌先という湯だという。金額の欄を、私は二度読んだ。半分は出す、と返すと、誘ったのはこっちだから、と返ってきた。この言い方は妻に似ている。似ていることは、書かずにおく。
新幹線の切符だけは自分で買った。買う前に、時刻表を読んだ。読むのは好きで、長年、読むだけにしてきた。やまびこで白石蔵王まで、およそ一時間五十分。そこから先が、今回は決まっている。宿の送迎車が、十四時十五分に駅を出る。先に頼んでおく決まりだそうで、娘がもう頼んであった。行きは一日に、その一本きりだという。
一本しかない時刻表は、読むものではなく、覚えるものだった。
十四時十五分
白石蔵王の改札で、娘と落ち合った。娘の町からは在来線のほうが早いはずで、それでも新幹線の駅に回ってくれたのは、送迎車がこちらから出るからである。迷わなかったね、と娘が言った。私は昔から迷わない、と答えたが、考えてみれば、昔の私はそもそも来なかった。
改札の時計は十三時五十分だった。二十五分の余白がある。娘は売店で茶を二本買って、一本を寄越した。
送迎車には先客が二人いて、誰も喋らないまま、道は町を抜け、川を渡り、山へ入った。二十分。温泉街に入ると道は狭くなり、最後は急な坂を登って、一番奥で停まった。坂の上が宿だった。歩いて来られる道ではない。乗り遅れていたら、と考えかけて、やめた。間に合ったものの心配をするのは、退職してから覚えた悪い癖である。
帳場で、娘が名前を書いた。書かれる側に立つのは、久しぶりだった。
個室の夕食
夕食は部屋ではなく、渡り廊下の先の古い棟でとる仕組みだった。個室が並んでいて、その一つに二人分の膳が待っていた。品書きの表に、森の晩餐、とある。月替わりだそうである。娘は品書きを最初から最後まで読み、それから、私が読み終えるのを待った。待たれていることに、途中で気づいた。

隣の個室の札は裏返っていて、入口に男物の靴が一足だけ、揃えてあった。一人で来て、個室で食べる人がいる。いい仕組みだと思ったことは、娘には言わなかった。
会話は多くなかった。多くない会話が、個室では困らない。品が運ばれてくる間だけ話が途切れ、途切れたまま次の品が来て、それでよかった。娘がなぜ急に誘ったのかは、聞かずにいる。あと何回、という数え方を私はもうやめたのだが、娘は、始めたのかもしれなかった。聞けば答えるだろう。答えさせない方を、私は選んだ。
湯には夜と朝、一度ずつ入った。古い方の湯は階段を下りた先にある。薬湯と呼ばれているそうである。下りて、浸かって、上がってくると、膝が段の高さを覚えていた。
帰りの時刻表は二本ある
朝食も同じ個室だった。帰りの送迎は九時五十分と十時五十分の二本あるという。どっちにする、と娘が聞いた。
行きは一本で、帰りは二本ある。選ばせてもらえるのが帰りだけというのは、できた順序だと思う。選ぶことを一晩休んだ人間は、二択でも、ずいぶん選んだ気になれる。十時五十分、と私は答えた。理由は言わなかった。遅い方を選べば、この宿に一時間長くいられる。それだけのことである。
部屋に戻って、手帳をひらいた。万年筆のインクは青のまま。書いたのは三行である。一四一五。〇九五〇に横線。一〇五〇に丸。名前は、今回も書かなかった。書かない名前が一つあるのは変わらないまま、丸を付ける数字が一つ、増えただけである。
帰りの新幹線で、娘が窓の外を見たまま、また行こう、と言った。今度は私が段取りをする番だとは、言わずにおいた。代わりに鞄から時刻表を出して、娘の膝に置いた。読むだけでいい、と言うと、娘は笑って、受け取った。
