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初校
十件目の追記が終わったのは、火曜の午前二時だった。
機械が先に通したものに、人の目で足していく仕事である。機械は表記の揺れを拾う。拾えないのは、揺れていないのに間違っているものだ。「以外」と「意外」は、どちらも正しく変換されて、正しく揺れていない。
単価は上がった。少しだけ上がって、量が三倍になった。一件あたりにかける時間は、私が自分で減らした。誰にも減らされていない。——減らされていない、は言い過ぎだ。減らすように仕向けられている、が正確だと思う。
下書きのまま送っていない返信が、一通ある。春に来た依頼で、文芸の一冊、単価は今の仕事の半分に近い。受けますとも、受けませんとも書けないまま、下書きの日付だけが古くなっていく。
その夜、宿を探した。愛知の、半島の先のほう。予約の画面で、宿の紹介の欄を読んだ。
読んでしまった、というほうが近い。私はどんな文章でも、最後まで読んでしまう。
そこには、本館の建物が古いこと、主人が自分でセリに出向いて魚を仕入れること、そして——海に恵まれてはいるが、景色や設備は一流ではないかもしれない、と書いてあった。
一流ではないかもしれない。宿が、自分の紹介文に、自分でそう書いている。
私は同じ段落を三度読んだ。三度目に、赤鉛筆を持っていない自分の右手を見た。
渥美線
豊橋で新幹線を降りると、隣にもう一つ駅があった。新豊橋。私鉄の駅で、渥美線という。十五分に一本、終点の三河田原まで三十五分、五百二十円。
車両は三両で、色が二種類あった。行きに乗ったのは、赤い帯のほうだった。
窓の外は、畑が続いた。低い屋根のハウスが並んでいて、いくつかは中に電気が点いていた。まだ昼なのに点いている。菊だと、あとで聞いた。日を長くするために点けるのだそうである。

終点で降りた。線路の先に、車止めがある。
送迎は有料で、三日前までに電話をして頼んでおく決まりだった。片道五百円。頼んだのは、四日前である。一日早いのは癖で、直すつもりがない。
車には、もう一人乗っていた。六十くらいの男の人で、窓のほうを向いていた。顔色が少し悪い、と私は思って、思ったことを、いつものように書き留めなかった。人の顔色を見る癖のほうは、仕事にならない。
中庭
帳場で、宿の人が説明をした。湯は二か所で、夕食は六時半から、朝は七時から、傘は玄関の右手にあります。淀みがない。何度も言ってきた順番なのだと分かる。
「お一人様は、こちらのお部屋になります」
「あの、」と私は言った。「——いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
聞こうとしたのは、部屋から中庭が見えるかどうかだった。聞かなくても、行けば分かることだった。
廊下を歩いた。中庭が見えるところで、いちど止まった。
館内には、紙が何枚か貼ってある。湯の使い方、朝食の時刻、傘の置き場所。私は全部読んだ。読んで、二枚目の送り仮名が他の三枚と揃っていないことに気づいた。「お問合せ」と「お問い合わせ」。
直したくなった。直したくなった自分に気づいて、廊下の途中で、少し笑った。

夕食の膳に、品書きが付いていた。字は手で書いたものだった。線の太さが場所によって違って、最後の一行だけ、少し下がっている。書いた人が、疲れたのだと思う。
疲れた線を、私は指でなぞった。なぞってから、赤鉛筆を持ってきていないことを思い出した。
一流ではないかもしれない
湯から上がって、部屋で、あの一段をもう一度出して読んだ。
自分の欠点を先に書いてある文章には、赤を入れるところがない。
赤は、書き手が隠したものと、書き手が気づいていないものに入る。隠していないなら、入るところがない。私はそれを、三十年近く文章でやってきて、今夜、宿の紹介文で教わっている。
まるで他人の原稿を読むように、私は自分の下書きの返信を開いた。
半年、私はあの返信に、受ける理由を書こうとしていた。単価が半分に近いことを、どう埋め合わせるかを書こうとしていた。埋め合わせようとするから、書けなかったのだと思う。
五百二十円
朝、送迎の車で駅まで戻った。行きと同じ道で、ハウスの電気は消えていた。
三河田原の駅で、切符を買った。五百二十円。券売機の下に、使用済みの切符を入れる箱がある。
ホームのベンチで、下書きを開いた。埋め合わせの段落を、全部消した。残ったのは二行だった。
——お受けします。赤を入れたい文章なので。
送信した。送信してから、赤を入れたい、という言い方が正確かどうかを、電車が来るまで考えた。他に持っている言葉がなかったので、そのままにした。
切符は、箱に入れなかった。上着のポケットに入れた。指の腹で角を撫でると、印刷が少しざらついていた。
