本記事はアフィリエイト広告(Expedia・Relux)を利用しています。
段
三階までなら、段を数えている。
数えようとして数えているのではない。上がっているうちに、数が残る。十七段の建物と、十八段の建物がある。同じ三階でも違う。下の階の天井が高いと、段が一つ増える。
二月に入って、時間内に着いた割合が九十四から動かなくなった。九十七に戻すには、遅れない日を積むしかない。積むには走るしかない。走ると、脚が減る。
減る、というのは正確ではない。使ったぶんが、翌日に残らない。
その週の休みに、遠いほうを選んだ。
千葉は前に行った。近いと、帰りが早い。帰りが早いと、次の日の朝が普通に来る。
和歌山の、紀伊半島の先のほうに一軒あった。一泊で、一万二千円台だった。
一名にして検索した。部屋が二十三件出た。二名にしても二十三件だった。同じである。
これまで見てきた宿は、一名にすると数が減った。減らないのは、初めてだった。
船
新幹線と特急を乗り継いだ。朝に出て、着いたのは午後だった。
紀伊勝浦の駅から、歩いて六分。桟橋があった。
宿へは、そこから船で渡る。バスもあると書いてあったが、船が停まっていたので、船に乗った。

湾の中を、五分ほど。波はない。船が進んだぶんだけ、水が後ろへ寄れていく。
岬に建物が見えた。大きい。山の上にも建物があって、下の建物と何かでつながっている。斜めの、長い管のようなものだった。
百五十四メートル
船の上で、宿の頁をもう一度開いた。
本館と、山の上の館を、エスカレーターがつないでいると書いてある。全長、百五十四メートル。
百五十四メートル。あたしは、その数字を三回読んだ。
配達でいちばん長い階段は、七階建ての非常階段だった。あれは、たぶん三十メートルない。
乗った。
斜面をまっすぐ上がっていく。両側は壁で、途中に平らなところがあって、そこで乗り継ぐ形になっていた。
あたしは、最初の一本で歩きかけた。
エスカレーターでは歩く。配達では、そのほうが速い。左を空けて、右を上がる。手すりは持たない。持つと、片手が塞がる。
歩きかけて、足を戻した。前に人がいなかった。抜く相手がいないなら、歩く用がない。
五分
立っているだけで、上がっていく。
壁が下へ流れる。膝は動かない。ふくらはぎも動かない。動いていないのに、高さだけが増えていく。
途中で、下りのほうに人が一人乗っていた。男で、手すりに手を置いて、こちらを見ていない。すれ違うとき、その人も歩いていなかった。
上まで、乗り継ぎを入れて五分かかった。
五分。あたしの仕事だと、近い一件ぶんに近い。あたしの脚は、その間ずっと使われなかった。

山の上から、海が見えた。二月の海は、色が濃い。水平線が、思っていたより高いところにある。
湯は下のほうにもあった。行くには、また下りて、また上がることになる。今日は、脚を休ませる日にしていた。
一つだけ入った。ほかには、行かなかった。
九十五
夕食は下の広間で、名前の分からないものが三つあった。三つとも食べた。
夜、部屋の窓を開けた。波の音がする。千葉で聞いた海の音より、間隔が長い。
帰りの船は、朝の便に乗った。乗ったのは六人だった。
紀伊勝浦から特急に乗って、乗り継いで、東京に着いた。
家の最寄り駅で、エスカレーターに乗った。乗って、歩いた。左を空けて、右を上がった。
上がりきってから、歩いたことに気づいた。前に人はいなかった。
翌日から、また走った。時間内に着いた割合は、九十五まで戻した。あと二つ足りない。
足りないままだが、ふくらはぎのほうは、あの五分をまだ憶えている。憶えているというのは、上がっているのに何もしなくていい時間が世の中にある、と一度知った、という程度のことである。
