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一行
あの一行から、三度続いた。
俺が写真を送って、一行が返る。しばらく置いて、また送る。また一行。それだけだ。班のグルチャではなく、その人だけに送っている。
続いているのはいい。よくないのは、送る前の時間だ。
写真を三枚撮る。三枚を並べて、一枚選ぶ。選ぶのに、いまは十分かかる。前は撮ってすぐ送った。
十分かけて選んだ一枚と、すぐ送った一枚の違いを、向こうは知らない。知らないほうがいい。知らないほうがいいと思っている時点で、これはもう作業だ。
グルチャは二十三人のまま止まっている。五日が、二十日になった。
数えるのは、やめていない。
二つ
二月。遠征の予定はない。
予定がないと、休みの日の形が決まらない。決まらないので、宿を取ることにした。
宮城にした。理由は薄い。仙台で降りたことが、これまであったかどうか、思い出せなかったからだ。
去年の十二月に、グルチャを遡って、行ったはずなのに思い出せない現場があると気づいた。あれ以来、思い出せないという状態が、前より気になる。
蔵王のふもとの温泉に、一軒あった。一名にすると、部屋が一件だけ出た。
その下の注意書きで、手が止まった。
一名様による異なるプランの同時予約は、原則として承っておりません。
俺はいつも二つ押さえる。開演の時刻が読めないとき、終演からの足が読めないとき、二つ取って、後で片方を消す。消すのはこちらの都合で、消せることを前提に取っている。
一人だと、それができない。

もう一つ書いてあった。部屋の種類と、食事をする場所は、人数に応じて宿が決める。
一人で行くと、俺は何も決めない。
三十三番
新幹線で仙台まで行った。
駅前の三十三番のバス停から、高速バスに乗る。三十三番を探すのに、少しかかった。番号がついているのに、番号の順には並んでいない。
バスは市街を出て、山のほうへ入った。二月の田は雪の下で、畦の線だけが浮いている。
遠刈田温泉で降りた。降りたのは俺を入れて四人だった。歩いて三分。
おまかせ
通された部屋を、俺は選んでいない。
食事の場所も、着いたときに言われた。時刻も言われた。どちらも、こちらから聞く前に決まっていた。
決まっているというのは、比べる相手がないということだ。
俺は普段、何かを取るとき、必ずもう一つ見る。座席なら別のブロック、宿なら別の一軒。見てから決める。決めたあとも、消したほうを覚えている。
今日は、消したほうがない。

湯に入った。窓の外に山があって、雪が乗っている。稜線が、思っていたより長い。
夕食のとき、離れた席に男が一人いた。膳が来る前から座っていて、来てからもすぐには箸を取らなかった。並んでいるものを、端から順に見ていた。見終わってから、いちばん手前を取った。
順に見て、手前を取るのなら、見なくてもいい。見なくてもいいことを、その人は見ていた。
一枚
朝、外に出た。
蔵王が見えた。山の上のほうは白くて、下のほうは木の色をしている。境目が、思っていたよりくっきりしている。
写真を撮った。
三枚撮って一枚選ぶ、をやろうとした。やろうとして、二枚目でやめた。
山は一つしかない。角度を変えても、同じ山が写る。並べて選ぶ意味が、ここにはない。
一枚目を送った。文面は打たなかった。前と同じだ。

時間
帰りのバスで、返信を待った。
待つ、というのは、画面を伏せて置いて、しばらくしてから返すことだ。返すたびに、前に見たときから何分経ったかが分かる。
七分。十二分。九分。
そこで気づいた。
グルチャが止まったときは、五日で数えた。次は二十日になった。単位は日だった。
いまは時間で数えている。分で数えている。
単位が、小さくなった。
返信は、仙台に着く前に来た。一行だった。読んだ。読んでから、次に送るまでを、俺はもう数えはじめている。
班は抜けていない。次の遠征の予定は、まだ入っていない。
