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二月末
ノートに「二月末まで」と書いたのは、十二月だった。
四文字である。書いてしまえば四文字で、書くまでが長かった。
その二月末が来た。
二月末に何をするかは、決めていなかった。決めていないまま近づいてきて、近づくにつれて、決めていないことのほうが形を持ちはじめた。
十月に出した原稿の結果は、三月に出る。二月末は、その前日までのことだ。
十二時間
鳥取の宿を見ていた。
一名にすると、部屋が二つ、プランが二つ出た。素泊まりと、朝食だけのもの。それだけである。
夕食の付くものは、一人だと出ない。
朝食だけのプランの名前に、旅館での夕食は不要、と書いてあった。その一行を、僕は三回読んだ。
秩父のノートに、二食付きを選ぶ、と書いたのは去年の夏だ。あれは条件を揃えるための項目だった。ここでは、揃えようがない。
案内の下のほうに、行き方が並んでいた。大阪から四時間。岡山から三時間。広島から四時間。
東京から、十二時間。
高速バスである。乗り換えなしで、宿まで行く。
十二時間を、僕はしばらく見ていた。

乗る
乗ったのは夜で、降りたのは朝だった。
途中のことは、あまり書けない。書けないというのは、覚えていないのではなく、区切りがないのだ。休憩で止まるたびに外へ出て、自販機の前に立って、買わずに戻った。三回そうした。
窓は暗い。暗い窓には自分が映る。映っているものを見るのは、夜のバスでは避けられない。
二時ごろ、ノートを開いた。
膝の上で、ペンを持った。バスは揺れる。揺れる字は、あとで読めないことがある。
一行、書いた。
制度は、一行書けたら湯に入る、である。四版目まで直して、去年の春に直すのをやめた。四版目の「一行」は緩めてあって、半行でも一行と数えていい。
いま僕は、湯のないところで一行を書いた。
制度は、そのときのことを決めていない。書いてから湯までのあいだが何時間まで許されるか、どこにも書いていない。
書き足さなかった。ノートを閉じて、鞄に入れた。
六時間
朝に着いた。
宿の前でバスを降りて、時計を見た。部屋に入れるのは十五時からである。
十二時間かけて着いて、部屋に入れるまでに、まだ六時間ある。
荷物は預かってもらえた。あとは、外にいることになる。

川沿いを歩いた。二月末の川は水が少なくて、石が乾いている。橋を渡って、渡ったところで戻った。戻る理由はなかったが、進む理由もなかった。
途中の店の軒先に、湯が引いてあった。屋根の下に木の枠があって、そこに溜まっている。手を入れた。熱い。
そこに男が一人いた。手を入れずに、湯気の立ち方を見ていた。しばらくして、手を入れた。すぐ抜いた。熱かったのだと思う。抜いてから、もう一度入れて、今度は抜かなかった。
僕はその二回目を見ていた。同じ湯で、同じ人が、二回目には抜かない。
順番
十五時に部屋へ入って、それから湯へ行った。
バスの中で書いた一行から、十三時間が経っている。
十三時間空けて湯に入るのは、制度を守っているのか、いないのか。僕は湯の中でそれを考えて、どちらとも決めなかった。
決めなかったというのは、決めるつもりが起きなかった、という意味だ。前は決めていた。決めて、版を増やしていた。
夕食はない。プランに付いていない。
外に出て、開いている店を探した。歩いて七分のところに一軒あった。名前は見た。忘れた。食べたものは、温かかった。
三月
朝食は付けていた。朝食のほうを選んだ理由は、二百円しか違わなかったからではない。三千円ちがう。それでも朝のほうを選んだ。
宿を出て、倉吉の駅まで送ってもらった。帰りは鉄道にした。十二時間は、片道でいい。
二月末は、その日で終わった。
ノートの制度の頁には、何も書き足していない。次の期限も切っていない。
三月に結果が出る。それまでの日数を、僕は数えていない。数えていないと書いておくと、数えていることになる気がして、ここまで書いて少し迷った。
日払いの現場を、三日から四日に増やした。増やしたぶんで、一泊がもう一回できる。
