本記事はアフィリエイト広告(Relux)を利用しています。
出した
十月の締切には、出した。
枚数は足りた。足りたというのは、規定の下限を三枚超えたという意味で、それ以上の意味はない。
結果は三月に出る。四か月ある。四か月というのは、日払いの現場でいうと、だいたい三十回ぶんだ。
前の宿で、ノートに書いたことがある。次は二食付きにする、と。理由の欄に、書くために食う、と書いた。理由の欄を作る癖はないのに、あのときは作った。
だから今回は、二食付きにした。
宿は熊野の、川のそばにあった。頁に、冬のあいだだけ大きな露天風呂が出ると書いてある。仙人風呂、という名前だった。
十一月から二月の終わりまで、と書いてあった。それ以外の季節には、無い。
バス
紀伊田辺からバスで二時間。乗り継いで来たので、朝に東京を出て、着いたのは夕方だった。
バスは山を上がって、下がって、また上がった。川が右に出て、左に移って、また右に来た。同じ川なのかどうか、僕には分からない。

途中のバス停で、誰も乗らず、誰も降りなかった。停まって、扉が開いて、閉まって、また出た。停まる必要があったのかどうかは、時刻表のほうが決めている。
こういうのを書きたい、と思った。思ってから、思ったことをノートに書くと、それは書いたことにならないのを思い出した。
川湯温泉のバス停で降りて、二分歩いた。
二食付き
夕食は膳で来た。品数は多かった。数えかけて、やめた。数えると、あとで枚数に換算してしまう。
食べた。全部食べた。腹が満ちるというのは、こういう状態だったかと思った。前の宿では、素泊まりを選んで、二十行で止まった。今回は食べた。だから書けるはずだった。
部屋に戻って、ノートを開いた。
書けなかった。

腹は減っていない。眠くもない。机はある。前の宿は座卓だったが、ここには机がある。条件は揃っていて、揃っているのに、書けなかった。
一時間座って、七行書いて、六行に線を引いた。残ったのは一行で、その一行も、たぶん明日読めば消す。
仙人風呂
夜、川のほうへ下りた。
宿の湯とは別に、川原に大きな湯があると聞いていた。行ってみると、暗くて、湯気だけが見えた。人が何人か入っている。声は低い。
湯は、川の中にあった。川の一部が区切ってあって、そこに湯が溜まっている。上流の水は、区切りの横を流れていく。何で区切ってあるのかは、暗くて分からなかった。
入った。広い。広すぎて、端のほうは温くなっている。空は開いていて、星が出ていた。
離れたところに、男が一人いた。肩まで入って、顔だけ湯気の上に出している。目は開いていた。こちらを見ているのでも、空を見ているのでもない。湯気が薄くなる一瞬だけ輪郭が見えて、また消えた。
僕は湯の真ん中まで歩いて、そこで座った。底は砂利で、足の裏が痛い。
二月の終わりに、これは無くなる。
無くなると分かっていて、作ってある。作った人がいて、入る人がいて、期限がある。

期限
朝、宿の人に聞いた。
「二月が終わったら、どうなるんですか」
「川に戻ります」
それだけだった。壊すとも、片づけるとも言わなかった。戻る、と言った。
バス停で、帰りのバスを待った。時刻表は、待合の壁に貼ってある。次の便まで四十分あった。
ノートを開いた。最初のほうの頁に、制度が書いてある。一行書けたら湯に入る。二年前の夏に作って、四版目まで改定した。
改定するのはやめた、と書いたのは春の宿だった。それきり、版は増えていない。増えてはいないが、四版目の「一行」は、僕が最後に緩めたままになっている。半行でも一行と数えていい、と書いてある。
やめると言って、緩めた版を、そのまま使っている。
僕はそこに、線を引かなかった。破らなかった。書き足したのは、四文字である。
二月末まで。
改定ではない。期限を切っただけだ。二月末に何をするかは、決めていない。
改定をやめると書いてから、僕がこの頁に何かを書くのは、初めてだった。終わりの日付を書いたのも、初めてだった。
バスが来た。乗ったのは僕を入れて三人で、川はまた右に出て、左に移った。
