宿と小説の読みもの、余白
RECORD № 116

二月末まで

結果の出ない日々を、どういう制度で書き続けるか

宿を転々としながら小説を書いている。結果はまだ何も出ていない。書けない日の自分をどう扱うか、その決まりを自分で組み立てている途中で、まだ途中だ。

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出した

十月の締切には、出した。

枚数は足りた。足りたというのは、規定の下限を三枚超えたという意味で、それ以上の意味はない。

結果は三月に出る。四か月ある。四か月というのは、日払いの現場でいうと、だいたい三十回ぶんだ。

前の宿で、ノートに書いたことがある。次は二食付きにする、と。理由の欄に、書くために食う、と書いた。理由の欄を作る癖はないのに、あのときは作った。

だから今回は、二食付きにした。

宿は熊野の、川のそばにあった。頁に、冬のあいだだけ大きな露天風呂が出ると書いてある。仙人風呂、という名前だった。

十一月から二月の終わりまで、と書いてあった。それ以外の季節には、無い。

バス

紀伊田辺からバスで二時間。乗り継いで来たので、朝に東京を出て、着いたのは夕方だった。

バスは山を上がって、下がって、また上がった。川が右に出て、左に移って、また右に来た。同じ川なのかどうか、僕には分からない。

画像はイメージです

途中のバス停で、誰も乗らず、誰も降りなかった。停まって、扉が開いて、閉まって、また出た。停まる必要があったのかどうかは、時刻表のほうが決めている。

こういうのを書きたい、と思った。思ってから、思ったことをノートに書くと、それは書いたことにならないのを思い出した。

川湯温泉のバス停で降りて、二分歩いた。

二食付き

夕食は膳で来た。品数は多かった。数えかけて、やめた。数えると、あとで枚数に換算してしまう。

食べた。全部食べた。腹が満ちるというのは、こういう状態だったかと思った。前の宿では、素泊まりを選んで、二十行で止まった。今回は食べた。だから書けるはずだった。

部屋に戻って、ノートを開いた。

書けなかった。

画像はイメージです

腹は減っていない。眠くもない。机はある。前の宿は座卓だったが、ここには机がある。条件は揃っていて、揃っているのに、書けなかった。

一時間座って、七行書いて、六行に線を引いた。残ったのは一行で、その一行も、たぶん明日読めば消す。

仙人風呂

夜、川のほうへ下りた。

宿の湯とは別に、川原に大きな湯があると聞いていた。行ってみると、暗くて、湯気だけが見えた。人が何人か入っている。声は低い。

湯は、川の中にあった。川の一部が区切ってあって、そこに湯が溜まっている。上流の水は、区切りの横を流れていく。何で区切ってあるのかは、暗くて分からなかった。

入った。広い。広すぎて、端のほうは温くなっている。空は開いていて、星が出ていた。

離れたところに、男が一人いた。肩まで入って、顔だけ湯気の上に出している。目は開いていた。こちらを見ているのでも、空を見ているのでもない。湯気が薄くなる一瞬だけ輪郭が見えて、また消えた。

僕は湯の真ん中まで歩いて、そこで座った。底は砂利で、足の裏が痛い。

二月の終わりに、これは無くなる。

無くなると分かっていて、作ってある。作った人がいて、入る人がいて、期限がある。

画像はイメージです

期限

朝、宿の人に聞いた。

「二月が終わったら、どうなるんですか」

「川に戻ります」

それだけだった。壊すとも、片づけるとも言わなかった。戻る、と言った。

バス停で、帰りのバスを待った。時刻表は、待合の壁に貼ってある。次の便まで四十分あった。

ノートを開いた。最初のほうの頁に、制度が書いてある。一行書けたら湯に入る。二年前の夏に作って、四版目まで改定した。

改定するのはやめた、と書いたのは春の宿だった。それきり、版は増えていない。増えてはいないが、四版目の「一行」は、僕が最後に緩めたままになっている。半行でも一行と数えていい、と書いてある。

やめると言って、緩めた版を、そのまま使っている。

僕はそこに、線を引かなかった。破らなかった。書き足したのは、四文字である。

二月末まで。

改定ではない。期限を切っただけだ。二月末に何をするかは、決めていない。

改定をやめると書いてから、僕がこの頁に何かを書くのは、初めてだった。終わりの日付を書いたのも、初めてだった。

バスが来た。乗ったのは僕を入れて三人で、川はまた右に出て、左に移った。

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Field Notes

山水館 川湯みどりや

Overview

和歌山県
Region
和歌山県田辺市本宮町川湯(川湯温泉)
Access
JR紀伊田辺駅から熊野本宮線のバスで川湯温泉バス停まで約120分、バス停から徒歩2分。JR新宮駅からは同線で約50分。本宮町内の熊野古道からの無料送迎について宿に相談できる。車は阪和道・上富田ICから国道311号で約70分
Price
予約サイトで確かめた一万円台後半〜(1名1室・条件不明) 公開の情報から中価格帯(Reluxの1名1室で一万円台後半〜。プランによって一万円台後半・二万円台前半・二万円台半ば・四万円台半ば と分かれる)

Facility

Room
大人1名・1室の検索で部屋5件・プラン4件(2名の検索でも部屋5件・プラン4件)
Meal
食事の付くプランと付かないプランがある。予約の段階で選ぶ

宿タイプ

  • 温泉旅館
  • 川沿いの宿

向いている人間

  • 一人で予約したい人(大人1名・1室の検索で部屋5件・プラン4件が表示され、2名と同数)
  • 冬のあいだだけ出る大きな露天風呂を目当てに行きたい人(宿の湯とは別に川原にあり、11月〜2月末)
  • 熊野古道の中辺路に近い宿へ公共交通だけで行きたい人

向いていない人間

  • 移動を短くしたい人(最寄りのJR駅からバスで約50分〜120分)
  • 冬以外に大きな露天風呂を求める人(仙人風呂は11月から2月末まで)
  • 到着の時刻を細かく決めたい人(バスの本数が限られる)

予約前の注意事項

最寄りのJR駅からバスで約50分(新宮駅から)〜約120分(紀伊田辺駅から)かかり、バスの本数は限られる。冬の大きな露天風呂「仙人風呂」は宿の湯とは別に川原にあり、11月から2月末までで、それ以外の季節には無い。1名と2名で出る部屋数・プラン数は同じ。料金と食事条件はプランで分かれるので、予約の段階で確かめること。

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