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係数
一月は雪が降る。
雪の日は、単価が上がる。あたしの仕事では、雪は金になる。
十二月の最後の週から、係数の乗る日が続いた。乗るから走った。走ると、指が動かなくなる。手袋の中で、親指だけ先に冷える。ブレーキは人差し指で握れる。動かないのは親指のほうだ。
一月の第二週に、一件遅れた。三階まで階段で、鍵の受け渡しがある建物だった。着いたのは、指定の時刻の九分あとだった。
アプリの数字が一つ下がった。時間内に着いた割合である。九十七から、九十四になった。
三ポイント。走った件数でいうと、たぶん十件ぶんくらいの重さがある。
戻し方は、走るしかない。時間内に着き続けるしかない。時間内に着くには、速く走るしかない。速く走ると、雪で滑る。
その夜、宿を探した。一泊、一万九百七十二円。
一名にすると、部屋が二件出た。二名なら十八件ある。二件のうち一つを押した。
陸羽東線
古川で乗り換える。陸羽東線は、前に一度、反対の端まで乗ったことがある。あのときは山形のほうまで行った。今回は途中で降りる。
同じ線でも、降りる場所が違えば、別の線みたいに見える。

窓の外が白くなった。田んぼが雪の下にあるはずだが、どこからが田んぼか分からない。分かるのは、電線の位置だけだ。
車内のアナウンスが、雪のため徐行します、と言った。
三分遅れた。三分は、あたしの仕事だと、遅れのうちに入らない。入らないが、車掌は謝った。
鳴子温泉で降りた。ホームに雪が積もっていて、通れるところだけ、四角く除けてある。
温泉街
宿は駅から歩ける場所にあった。温泉街の中に建っている。
道は雪だが、店の前だけ、それぞれ雪が寄せてある。寄せ方が店ごとに違う。角をきれいに立てている店と、丸く押しやってある店がある。
あたしは、寄せ方のほうを見ながら歩いた。入口の形で街を憶える癖は、雪の日でも働く。
帳場で名前を言って、部屋に入った。二件のうちの一つである。窓は、隣の建物のほうを向いていた。温泉街の真ん中の窓である。
湯は下の階にあった。熱い。入ると、指の先がじんとして、それから痛くなった。親指がいちばん痛い。冷えていたところから順に痛くなるのだと思う。
痛みが引くまで、しばらくかかった。引いてから、あたしはやっと湯に入っている感じがした。

夕食は広間で、卓が離してあった。膳の隅に、名前の分からない漬物が二種類あった。二種類とも食べた。
隣の卓に、男が一人いた。食べ終わって、卓の上を片づけるでもなく、湯呑みを持ったまま窓のほうを見ていた。窓の外は、たぶん壁だった。あたしの部屋と同じ側だったから。
三分
夜、雪が強くなった。
窓を開けると、音がしない。雨は音がする。雪は、降っている音がしない。
明日の朝、電車が動かなかったらどうなるのか、と考えた。考えて、アプリを開いた。稼働できる地域の外です、と出る。当たり前だ。
雪で止まるのは、あたしの側では起きない。雪が降れば、走る。止まるのは、線路のほうだ。
同じ雪が、向こうでは金になり、こちらでは足を止める。
止まったら、どうするのだろう。宿はもう一泊できるのか。次の日の稼働はどうなるのか。数えかけて、数える材料がないことに気づいた。まだ止まっていない。
七百八十円
朝、電車は動いていた。八分遅れて着いて、八分遅れて出た。
古川で乗り換えて、新幹線に乗った。窓の外の雪が、南へ行くほど薄くなって、途中から地面が見えた。
東京は降っていなかった。
家に帰って、自転車を出した。出したが、乗らなかった。地図を開いて、ピンを一つ出した。
名前は「歩く」と入れてある。自分で入れた。角の定食屋で、店の名前はまだ知らない。ピンを立ててから、何か月も経っている。
歩いて行った。十四分だった。自転車なら四分の角である。
引き戸に、手書きの品書きが貼ってあった。日替わり、七百八十円。前に見たときと同じ額だった。
入った。カウンターに座って、日替わりを頼んだ。
出てきたのは、焼いた魚と、味噌汁と、小鉢が二つだった。食べているあいだ、店の人は何も聞かなかった。どこから来たのかも、初めてかどうかも。
食べ終わって、七百八十円を置いた。
出るとき、引き戸の上に看板があるのを見た。字が薄い。読まずに出た。
