宿と小説の読みもの、余白
RECORD № 119

どちらでもいい

計測をやめられない人間の、漸進的な手放し方

会社を立ち上げて、燃え尽きて、いま手放そうとしている。睡眠も、心拍も、生産性も、十年以上測ってきた。測るのをやめる方法が分からない。少しずつ手を離す以外に、思いつかない。

大輔という語り手について →

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任意

手のひらで測る癖が、まだ残っている。

去年の冬に、雪の壁の高さを、手のひらを窓に当てて測った。自分の背丈が何回入るかを見た。三回と、少し。数えたのではなく、合わせただけだった。

あれから、僕は時々そうしている。棚の高さ。ドアの幅。人の背。合わせて、だいたいを知る。

問題が一つ出た。単位がないと、前より良いかどうかが分からない。

睡眠スコアは数字で出る。六十四が五十八になれば、下がったと分かる。手のひらで測ったものは、先週の手のひらと比べられない。比べられないので、良くなったのかどうかが分からない。

分からないというのは、僕がいちばん避けてきた状態である。

一月に、山形の宿を取った。

案内を読んで、手が止まった。最寄り駅には新幹線が停まらない。山形駅かかみのやま温泉駅で降りて、そこからバスか車で入る。宿は、その二つの駅のほぼ中間にある。

任意の駅で降りてください、と書いてあった。

任意、という語を、僕は久しぶりに見た。

中間

僕は両方の所要時間を調べた。調べる前から、たいして違わないだろうと思っていた。思っていて、調べた。

山形駅から十七分。かみのやま温泉駅からも、同じくらい。

差がない。差がないものを、僕は十二分かけて調べた。

画像はイメージです

山形駅で降りた。理由は、新幹線の便がそちらのほうが一本早かったからで、それは十四分の差である。十四分のために、僕は山形を選んだ。

バスは市街を抜けて、田の中を走った。一月の田は雪の下で、道の両側だけが黒い。除雪した雪が、道の外側に土手のように積み上がっている。

高さは、バスの窓より少し低かった。手のひらは当てなかった。走っているバスの窓では、合わせられない。

黒沢温泉で降りて、五分歩いた。

部屋に入って、荷物を置いた。

腕のデバイスを、外した。

外して、机に置こうとして、置かなかった。去年の春に一度、リングを外して机に置いて、充電もしなかったことがある。あのときは、止めた。

今回は、止めなかった。外して、鞄の内ポケットに入れた。

測り続けている。腕にはない。鞄の中で、僕の睡眠ではない何かを測っている。

そのことに気づいたのは、湯から上がったあとだった。

画像はイメージです

湯は熱くも冷たくもない。窓の外は暗くて、雪が窓の下の縁に少し積もっていた。

夕食は下の階だった。米が白い。山形牛が少し出た。名前の分からないものはなかった。

離れた席に、男が一人いた。箸を置いたまま、天井のほうを見ていた。天井には何もない。あるとすれば梁だが、この宿の天井は平らである。何もないところを、その人はしばらく見ていた。

正しくない数字

朝、鞄からデバイスを出した。

一晩ぶんの記録が入っていた。心拍はほぼ一定で、動きはゼロに近い。眠りの深さは、最も深い段階が九時間続いたことになっている。

九時間。僕は七時間しか横になっていない。

鞄は、よく眠っていた。

消し方はある。手動で記録を削除する画面がある。開いて、削除の項目まで見て、閉じた。

消さなかった理由を書き出せば、三行になる。三行のうち二行は、たぶん嘘になる。

週の平均が、その一日ぶんだけ上がるか下がるかは、まだ計算していない。

十七分

帰りは、かみのやま温泉のほうへ出た。

来たときと違う駅を選んだ。差がないことを、僕は前の日に調べて知っている。知っていて、別のほうを選んだ。

バスは同じ田の中を、反対向きに走った。雪の土手は、行きに見た側が、今度は右にある。

かみのやま温泉の駅で、新幹線を待った。ホームに人は少ない。

デバイスは腕に戻した。戻したあとも、鞄の中の一晩は消えていない。アプリの記録には、僕が九時間眠った日として残っている。

残っているものを、僕は毎週の平均で薄めながら、これから何週間か持っていく。

改札のほうから、人が四人上がってきた。数えてから、数えたことに気づいた。

数えるのは、まだやめていない。

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Field Notes

悠湯の郷 ゆさ

Overview

山形県
Region
山形県山形市黒沢(黒沢温泉)
Access
最寄り駅は蔵王駅だが新幹線は停まらない。山形新幹線なら山形駅かかみのやま温泉駅で降り、バスまたは車で向かう。宿は両駅のほぼ中間にあり、どちらで降りてもよいと案内されている。山形駅前バスターミナルから南山形経由の上山・高松葉山温泉行で約17分、「黒沢温泉」下車、徒歩約5分
Price
予約サイトで確かめた一万円台半ば〜(1名1室・条件不明) 公開の情報から中価格帯(Reluxの1名1室で一万円台半ば〜。ほかに一万円台後半・二万円台前半・二万円台半ば の表示がある)

Facility

Room
大人1名・1室の検索で部屋3件・プラン7件(2名の検索では部屋6件・プラン8件)
Meal
食事の付くプランがある。予約の段階で選ぶ

宿タイプ

  • 温泉旅館
  • 山の宿

向いている人間

  • 一人で予約したい人(1名で部屋3件・プラン7件が表示される)
  • 1泊を1万円台後半に収めたい一人客
  • 最寄り駅にこだわらず、任意の駅から入る行き方でよい人

向いていない人間

  • 最短の経路を決めてから動きたい人(二つの駅のどちらからでも同じくらい)
  • 駅から歩いて着きたい人(バスか車が要る)
  • 部屋を広く選びたい一人客(1名で出る部屋は3件)

予約前の注意事項

最寄り駅の蔵王駅に新幹線は停まらない。山形駅かかみのやま温泉駅で降りてバスか車に乗り換えること。宿は両駅のほぼ中間にあるので、どちらを選んでも所要は大きく変わらない。1名で出る部屋は3件、プランは7件。料金と食事条件はプランで分かれるので、予約の段階で確かめること。

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