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返事
叔母から返事が来た。
私が出したのは三行だった。天気のことと、料理が美味しかったこと。会食の席で聞かれたことには、触れなかった。
返ってきたのは二枚だった。便箋の表と裏に、細かい字で書いてある。
読んだ。庭の梅のこと、いとこの子の進学のこと、自分の膝のこと。
「庭の梅が、今年は早いようです」
書き出しはそれだった。そして、私が触れなかったことには、触れていなかった。
触れないで書いた手紙に、触れないで返ってきた。
同じことをしているのか、気を遣われたのか、私には分からない。分からないので、そのままにした。
机の上に、菓子の缶がある。実家の片付けの残り半分から出てきたもので、母が切り抜いた旅行雑誌の頁が入っている。
缶の中のどれにも、印は何もついていない。母の字で丸がついた一枚は、缶とは別にある。前に一度、その丸を頼りに長崎まで行った。丸があったのは、その一枚だけである。
缶のほうから一枚出して、この前、地名を調べた。宿はまだあった。
四便
三重の、山のほうだった。
近鉄の駅から、宿の送迎バスで十五分。予約が要る。便は一日に四本で、十四時半、十五時半、十六時半、十七時半と書いてあった。
十四時半にした。理由は、早いほうだったからである。

新幹線から近鉄に乗り換えて、山のほうへ入った。二月の入口で、田は乾いている。刈ったあとが、まだ黒い。
榊原温泉口という駅で降りた。降りたのは、私を入れて三人だった。
駅の前に、宿の車が停まっていた。三人とも、同じ車に乗った。
三つ
宿の廊下に、湯のことを書いた紙が貼ってあった。
千年前の随筆に、湯の名前が三つ並んでいるのだという。そのうちの一つが、ここだと言われている。
言われている、と書いてあった。断定はしていない。
理由は書かれていない。並べただけで、千年が経っている。
私はその紙を、二度読んだ。
なぜその三つなのか。他の湯と何が違ったのか。書いていない。書いていないまま、名前だけが残っている。
母の切り抜きも、同じだった。切って、しまって、理由を書かなかった。丸をつけた一枚にも、理由は書いていない。
湯
湯はとろみがあった。手のひらで肌をなでると、指が引っかからない。
窓の外は山で、木の形が空に出ている。二月の入口の木は、葉がない。葉がないので、枝の分かれ方がよく見える。

長く入った。何も考えなかった、とは書かない。考えていた。
夕食は部屋ではなく、下でとった。名前を知らないものが二つ出た。聞かないまま、どちらも食べた。
隣の卓に、男が座っていた。品書きも手帳も持たず、箸だけを持って、一つずつ間を置いて食べていた。急いでいない。急いでいないのが、こちらから見て分かるほどだった。
丸
朝、もう一度湯に入った。
十時に発つ。帰りの送迎の時刻は、帳場で聞いて、それに合わせた。
部屋を出る前に、鞄から切り抜きを出した。持ってきていた。一枚だけ。
宿の名前が、頁の隅に小さく載っている。私が昨日から泊まっている宿である。
母は、ここを切った。切って、丸はつけなかった。つけないまま、行かなかった。
私はペンを出して、その頁に丸をつけた。
母の丸は鉛筆で、私のは黒のボールペンだった。色が違う。同じ紙の上で、二つの丸は、たぶんこれから並ばない。母の丸がついているのは、別の一枚だからだ。
つけてから、少し見た。それから折って、鞄に入れた。
残り
帰りの近鉄で、缶のことを考えた。
残りには、母の丸も、私の丸もついていない。
全部に丸をつけるつもりはない。行くつもりも、いまはない。
ただ、丸をつけられるということは、分かった。つけるのは、母の側の仕事ではなくなっている。
家に着いて、缶を開けて、丸をつけた一枚を戻した。順番は考えなかった。上に置いた。
蓋を閉めるとき、缶の底で紙が少し滑る音がした。
