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二通り
所要時間を調べるのは、僕は早い。
出発地と到着地を入れて、経路が三つ出れば三つとも開く。開いてから、いちばん短いものを選ぶとは限らない。それでも三つとも開く。開かないと、選んだことにならない気がする。
一月から、消せずにいる記録がある。アプリを開いて、削除の画面まで出して、閉じる。三月までに七回やった。七回とも閉じた。七回目の夜に、台所で水を二杯飲んだ。喉が渇いていたわけではない。
その夜に、鹿児島の宿を取った。遠いところにした。空港からバスで百十分。百十分は、僕がやっていた会議の三つぶんである。三つぶん、何もしないで運ばれてみたかった。
食事の付け方は一人でも選べた。
分からなかったのは、行き方のほうだ。
案内に、二通り書いてあった。空港からバスで百十分。あるいは車で、高速を降りて国道を六十分。
国道のほうに、括弧がついていた。
指宿スカイラインはお勧めしておりません。
理由は、書いていない。
僕は地図を開いて、両方を引いた。スカイラインのほうが、距離も、地図の上の所要も短い。
短いほうを、勧めていない。
理由が書いてあれば、僕は従うか、従わないかを決められる。凍結、と書いてあれば冬を避ける。工事、と書いてあれば時期を見る。
書いていないと、決められない。
六十分
空港で車を借りた。バスにしなかったのは、着く時刻を自分で決めたかったからだ。
行きは、案内のとおりに走った。高速を降りて、国道を南へ。

海が右に出てくる。三月の海は白っぽい。左は畑で、何を植えているのかは分からなかった。
六十分と書いてあって、六十三分だった。三分は、信号だと思う。
宿に着いて、鍵をもらった。部屋から海が見えた。
鍵をもらうとき、帰りの道を聞いた。スカイラインは、と言った。国道のほうが確実です、と答えが来た。
なぜですか、と聞いた。係の人は少し考えて、そう案内しております、と言った。それから、鍵を僕の手に置いた。
次の質問を、僕は用意していなかった。
鞄
荷物を置いて、腕からデバイスを外した。
外して、机に置いた。鞄には入れなかった。
前は、鞄の内ポケットに入れた。入れたまま一晩測って、鞄が九時間眠ったことになった。あの記録は、まだ消していない。
今日は机に置いた。置いて、充電の線をつないだ。つないだので、測っていない。

湯は熱くない。窓の外が暗くなると、海と空の境が消えて、どこまでが水なのか分からなくなる。
湯の中で、腕を見た。デバイスの跡が白い帯になって残っている。二年つけている。指で押すと、少し戻る。戻りきるのに、数秒かかった。
夕食は下でとった。判別できないものが二つあった。どちらも食べた。
何席か離れて、男が一人、座っていた。箸置きを見ていた。見てから、一度持ち上げて、同じ場所に戻した。
帰り
朝、湯にもう一度入った。
部屋に戻って、デバイスを腕に戻した。アプリを開いた。測っていないのだから、無いに決まっている。それでも開いた。
昨夜の欄が空だった。線が一本も無い。しばらく見て、閉じた。
十時に出た。
分岐で、僕はスカイラインのほうへ入った。
分岐の手前で速度を落として、それから曲がった。曲がってから、曲がったことに気づいた。
道は山を上がっていく。両側が木で、対向車はほとんど来ない。カーブは多いが、走れないほどではない。
霧は出なかった。雨も降らなかった。落石も、通行止めもなかった。
何も起きなかった。
何も起きなかったからといって、勧めない理由が無いことにはならない。
空港には、地図の出したとおりの時刻に着いた。
消す
東京に戻って、その夜にアプリを開いた。
一月の記録が残っている。鞄が測った一晩である。最も深い眠りが九時間続いたことになっている。
削除の画面を出した。前も、ここまでは出した。前は、閉じた。
今日は、押した。

消えた。週の平均が、その日ぶんだけ動いた。動いた幅を、僕は計算した。〇・三である。
〇・三のために、二か月置いていたことになる。
数える癖のほうは、消していない。
