本記事はアフィリエイト広告(Expedia・Relux)を利用しています。
名前の欄
万年筆のインクは、青のままにしている。
黒に替えようと思ったことが一度ある。替えるほどの用が、無かった。書くものが、宿の名と番号くらいしか無い。
娘に渡した時刻表は、まだ返ってこない。返してくれとは書いていない。
三月の初めに、封書が来た。同期の家からである。遺品を整理したので、と書いてあった。中に、昔の職場の写真が一枚入っていた。裏に、写っている者の名が並べて書いてある。私の名もある。書いたのは、その人の字だった。
写真は、机の上に三日置いた。三日目に、封筒へ戻した。戻してから、家にいるのがよくないと思った。
四日目に、宿を探した。山梨のような、決まっている部屋が一つだけの宿を探した。見つからなかった。出てきたのは、決まっていない部屋のある宿だった。
今度は愛媛にした。前に道後へは行っている。そこから山のほうへ入る。
前に山梨へ行った宿は、一人で取れる部屋が一つしか無かった。帰りに鍵を返すとき、番号を見て、玄関の隅で手帳に三桁だけ書いた。次に来ても選べないのだから、覚えておけばよい、という理屈である。
出た二つのうち、片方の名前の欄に、こう書いてあった。
お部屋タイプお任せ。
広さと、入れる人数は書いてある。どの部屋かは、書いていない。
私はしばらく、その行を見ていた。
ここは当日に決まる。二度目に来ても、同じ番号にはならない。
五十分
松山まで飛んで、駅前から路線バスに乗った。
五十分と書いてあった。時刻表を見て、一本前のに乗るのをやめた。待つのは、嫌ではない。

バスは道後の前を通った。前に泊まったのは、このあたりである。どの建物かは、走っている窓からでは分からなかった。分からないのに、目はそちらを向いていた。
そこから先は、道が細くなっていく。両側が山になり、川が右に出たり左に出たりする。三月の川は水が澄んでいて、底の石の色が上から分かる。
停留所の名前を、私は順に読んだ。読んで、覚えなかった。前は覚えようとした。
部屋
着いて、鍵をもらった。
次も同じ部屋になりますか、と聞いた。
その日によります、と帳場の人は答えた。それから、何かご不都合でしょうか、と聞いた。
不都合ではない、と言おうとして、続きが出なかった。番号を控えたいのだ、とは言えない。控えて何にするのかを、私自身が答えられない。帳場の人は鍵を持ったまま、私の手のあたりを見ていた。
いえ、と言って受け取った。
部屋は三階の、廊下のいちばん奥から二つ手前だった。窓は山を向いていて、木が近い。木の一本一本が見えるほど、近い。
私はこの部屋を選んでいない。次に来ても、この部屋には入らない。
鞄の口を開けた。封筒が上のほうに入れてある。開けたところで、手を止めた。開けたまま、湯へ行った。

広い湯だった。人はまばらで、話し声はない。
戻ると、鞄は開いたままだった。閉じた。写真は出さなかった。
湯から上がったあと、廊下の椅子に少し座った。前を人が通る。通る人の靴音が、床の材によって二通りに聞こえる。境目がどこかを探して、見つからなかった。
夕食は下でとった。並べてある中から取ってくる形式で、私は六つ取った。
縁側寄りの卓へ、男が一人、皿を二つ持って戻ってきた。片方に手をつけずに、もう片方を先に空にした。それから手をつけていないほうを引き寄せた。私は、自分の取った六つを見た。
番号
朝、もう一度湯に入って、十時前に帳場へ出た。帳場に人が出てくるまで、少し立っていた。そのあいだ、手の中の札の三桁を見ていた。
鍵を返すとき、私はもう一度その番号を見た。
三桁である。山梨のときと同じように、玄関を出たところで手帳を開いた。万年筆を出した。インクは青のままである。
それでも書いた。
書いてから、前の頁を見た。山梨の三桁がある。
番号が二つ並んだ。
その下に、名前はまだ一つも無い。
封筒から写真を出して、その二つの番号の頁に挟んだ。裏の名は、上を向けずに入れた。
手帳
バスで駅まで戻った。行きと同じ五十分である。

同期の名は、まだ書いていない。書く場所を、まだ決めていない。
娘に渡した時刻表は、まだ返ってこない。返してくれとは、今度も書かなかった。
松山の駅で、私は次の便を確かめてから、一本あとのに乗った。
