宿と小説の読みもの、余白
RECORD № 123

おまかせ

終わりのある仕事の豊かさ。毎日新しく終わること

定年のあと、一人で旅をしている。記録は万年筆で、誰にも読ませない速さで付ける。急がない。並ばない。名所を名所として見ない。終わりのある仕事は、毎日新しく終われた。

修一という語り手について →

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名前の欄

万年筆のインクは、青のままにしている。

黒に替えようと思ったことが一度ある。替えるほどの用が、無かった。書くものが、宿の名と番号くらいしか無い。

娘に渡した時刻表は、まだ返ってこない。返してくれとは書いていない。

三月の初めに、封書が来た。同期の家からである。遺品を整理したので、と書いてあった。中に、昔の職場の写真が一枚入っていた。裏に、写っている者の名が並べて書いてある。私の名もある。書いたのは、その人の字だった。

写真は、机の上に三日置いた。三日目に、封筒へ戻した。戻してから、家にいるのがよくないと思った。

四日目に、宿を探した。山梨のような、決まっている部屋が一つだけの宿を探した。見つからなかった。出てきたのは、決まっていない部屋のある宿だった。

今度は愛媛にした。前に道後へは行っている。そこから山のほうへ入る。

前に山梨へ行った宿は、一人で取れる部屋が一つしか無かった。帰りに鍵を返すとき、番号を見て、玄関の隅で手帳に三桁だけ書いた。次に来ても選べないのだから、覚えておけばよい、という理屈である。

出た二つのうち、片方の名前の欄に、こう書いてあった。

お部屋タイプお任せ。

広さと、入れる人数は書いてある。どの部屋かは、書いていない。

私はしばらく、その行を見ていた。

ここは当日に決まる。二度目に来ても、同じ番号にはならない。

五十分

松山まで飛んで、駅前から路線バスに乗った。

五十分と書いてあった。時刻表を見て、一本前のに乗るのをやめた。待つのは、嫌ではない。

画像はイメージです

バスは道後の前を通った。前に泊まったのは、このあたりである。どの建物かは、走っている窓からでは分からなかった。分からないのに、目はそちらを向いていた。

そこから先は、道が細くなっていく。両側が山になり、川が右に出たり左に出たりする。三月の川は水が澄んでいて、底の石の色が上から分かる。

停留所の名前を、私は順に読んだ。読んで、覚えなかった。前は覚えようとした。

部屋

着いて、鍵をもらった。

次も同じ部屋になりますか、と聞いた。

その日によります、と帳場の人は答えた。それから、何かご不都合でしょうか、と聞いた。

不都合ではない、と言おうとして、続きが出なかった。番号を控えたいのだ、とは言えない。控えて何にするのかを、私自身が答えられない。帳場の人は鍵を持ったまま、私の手のあたりを見ていた。

いえ、と言って受け取った。

部屋は三階の、廊下のいちばん奥から二つ手前だった。窓は山を向いていて、木が近い。木の一本一本が見えるほど、近い。

私はこの部屋を選んでいない。次に来ても、この部屋には入らない。

鞄の口を開けた。封筒が上のほうに入れてある。開けたところで、手を止めた。開けたまま、湯へ行った。

画像はイメージです

広い湯だった。人はまばらで、話し声はない。

戻ると、鞄は開いたままだった。閉じた。写真は出さなかった。

湯から上がったあと、廊下の椅子に少し座った。前を人が通る。通る人の靴音が、床の材によって二通りに聞こえる。境目がどこかを探して、見つからなかった。

夕食は下でとった。並べてある中から取ってくる形式で、私は六つ取った。

縁側寄りの卓へ、男が一人、皿を二つ持って戻ってきた。片方に手をつけずに、もう片方を先に空にした。それから手をつけていないほうを引き寄せた。私は、自分の取った六つを見た。

番号

朝、もう一度湯に入って、十時前に帳場へ出た。帳場に人が出てくるまで、少し立っていた。そのあいだ、手の中の札の三桁を見ていた。

鍵を返すとき、私はもう一度その番号を見た。

三桁である。山梨のときと同じように、玄関を出たところで手帳を開いた。万年筆を出した。インクは青のままである。

それでも書いた。

書いてから、前の頁を見た。山梨の三桁がある。

番号が二つ並んだ。

その下に、名前はまだ一つも無い。

封筒から写真を出して、その二つの番号の頁に挟んだ。裏の名は、上を向けずに入れた。

手帳

バスで駅まで戻った。行きと同じ五十分である。

画像はイメージです

同期の名は、まだ書いていない。書く場所を、まだ決めていない。

娘に渡した時刻表は、まだ返ってこない。返してくれとは、今度も書かなかった。

松山の駅で、私は次の便を確かめてから、一本あとのに乗った。

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Field Notes

奥道後 壱湯の守

Overview

愛媛県
Region
愛媛県松山市末町(奥道後)
Access
松山空港・JR松山駅・松山市駅から路線バスがあり、JR松山駅からは約50分。車は松山ICから国道33・11号線経由で317号線を今治方面へ45分、川内ICから45分
Price
予約サイトで確かめた一万円台後半〜(1名1室・条件不明) 公開の情報から中価格帯(Reluxの1名1室で一万円台後半〜。食事の付くものは2万円台まで幅がある)

Facility

Room
大人1名・1室の検索で部屋2件・プラン10件(2名の検索では部屋5件・プラン11件)。1名で出る部屋の一つは「お部屋タイプお任せ」で、どの部屋になるかは宿が決める
Meal
食事なし・朝食付き・夕朝食付きが1名でも選べる。プラン数は2名とほぼ同じ

宿タイプ

  • 温泉旅館
  • 山あいの宿

向いている人間

  • 一人で予約したい人(1名で部屋2件・プラン10件が表示される)
  • 食事の付け方を選びたい一人客(プラン数は2名とほぼ同じ)
  • 1泊を2万円未満に収めたい一人客

向いていない人間

  • 部屋を選びたい一人客(1名で出る部屋は2件で、一つは「お部屋タイプお任せ」)
  • 同じ部屋に二度泊まりたい人(お任せの部屋は宿が割り当てる)
  • 移動を短くしたい人(JR松山駅から路線バスで約50分)

予約前の注意事項

1名で出る部屋の一つは「お部屋タイプお任せ」で、どの部屋になるかは宿が決める。部屋を指定したい場合は、もう一方を選ぶか、宿へ直接確かめること。JR松山駅から路線バスで約50分かかる(松山空港・松山市駅からも路線バスがある)。プラン数は1名10件・2名11件でほぼ同じなので、絞られているのは部屋のほう。

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