宿と小説の読みもの、余白
RECORD № 124

一つ増える

成果の物差しを失った人間は、何を「大漁」と呼べばいいのか

数字で組織を率いて、定年より早く退いた。成果の物差しを返したあとの時間が、まだ身体に馴染まない。妻と話していると、報告の口調が出る。出てから気づく。

克彦という語り手について →

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十七と十六

案は三つ用意しろ、と言っていた。

二つでは比較にならず、四つでは会議が終わらない。三つがちょうどよいと、四十二年のあいだに覚えた。言うほうにいたので、用意する手間は知らない。

行き先も、経路も、まず三つ見る。

三月に、手帳の一週間が全部白かった。白い週の上に、私は「自由週間」と書き込んだ。書いた字を見て、消した。消しゴムでは消えず、上から線を引いた。線を引いた週は、白いよりも目立つ。

台所で妻が水を止める音がして、それから電気ケトルが鳴った。私は手帳を閉じた。

四月の入口に、草津の宿を見ていた。線を引いた週の、次の週である。大きい宿は二人から、というのが私の頭にあった。根拠は無い。無いまま、そう思っていた。

一名にした。部屋が十七件出た。

念のため二名にした。十六件になった。

一つ、多い。

私は数え直した。数え直しても十七と十六である。

一人だと減る。それは、この半年でいくつも見た。

増えるのは、初めてである。

二人では使えない部屋が一つあるのだろう、と考えて、そこで止めた。

減るものだと思って見ていたので、増えた一件を、私はどう扱えばよいのか分からなかった。

三通り

行き方も、三通り書いてあった。高崎からの在来線と、上野からの特急と、軽井沢からのバスである。

所要を、私は三つとも調べた。十五分ほどで終わった。その日の午後は、まだ長かった。

画像はイメージです

いちばん短いのを選ばなかった。乗り換えが少ないほうにした。

湯畑

草津のバスターミナルで降りて、少し歩いた。

四月の入口で、まだ風は冷たい。湯の匂いが、通りの端まで来ている。

画像はイメージです

湯畑の柵のところに、人が並んでいた。並んでいるというより、思い思いに立って、湯の落ちるところを見ている。私も立った。

湯は、上から下へ落ちて、落ちたところで白くなる。白いのは湯気ではなく、湯そのものの色に見えた。

手すりに肘を置いた男が一人、落ちるところではなく、その手前の平らな面を見ていた。平らな面は、動いているようには見えない。その人は、そこを長く見ていた。私も、平らな面のほうへ目を移した。動いているのかどうかは、分からなかった。

十七のうちの一つ

通された部屋は、十七のうちのどれだったのかは分からない。番号は控えていない。

夕食は、下の食事処でとった。入口に近い卓に座った。

膳を運んできた人が、お連れさまは後からお見えですか、と聞いた。

卓に出ているのは膳が一つである。答える前に、いえ、と言っていた。いえ、では何を否定したのかが分からない。

その人は膳の向こうへ手を伸ばした。伸ばした先に湯呑みが一つ余っていて、それを取り、盆に載せ、卓を離れるまでを、私は目で追った。下げられるまで、二つあることに気づいていなかった。

湯は熱かった。熱いのは知っていた。知っていて、入るまでに縁で足を三度浸けた。

上がって、部屋で座った。窓の外は、隣の建物である。それでよかった。

手帳

朝、手帳を出した。

去年の暮れに、来週の欄へ「筑波 二度目」と書いた。日付は入れなかった。日付を入れれば予定になり、予定になれば段取りが要る。

三か月が過ぎた。行っていない。

手帳は、そのあいだに頁が変わっている。「筑波 二度目」は、もう見えないところにある。

私は前の頁を繰って、その行を探した。あった。

画像はイメージです

破らなかった。線も引かなかった。

新しい頁を開いて、同じ字で書き写した。

筑波 二度目。

日付は、今度も入れなかった。

書き写すのに、二分かかった。字の大きさを、前の頁と同じにしようとしたからである。

帰り

バスと在来線と新幹線を、来たときと同じ順で逆にたどった。

家に着いて、妻に草津だったと言った。

妻は、混んでいたかと聞いた。私は、湯畑のところは人が多かったと答えた。それで終わりだった。

前の宿のときは、夕食のあとで妻のほうから湯のことを聞かれた。今度は聞かれなかった。聞かれなかったのは、私が先に行き先を言ったからだと思う。

手帳には、書き写した行が一つ増えた。

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Field Notes

草津温泉 奈良屋

Overview

群馬県
Region
群馬県吾妻郡草津町草津(草津温泉)
Access
東京から上越新幹線で高崎(約50分)、吾妻線各駅停車で長野原草津口(約90分)、路線バスで草津バスターミナル(約30分)。上野から特急「草津」で長野原草津口(約150分)、そこから路線バス約30分の経路もある。東京から北陸新幹線で軽井沢(約1時間10分)、路線バス約80分でも入れる
Price
予約サイトで確かめた三万円台前半〜(1名1室・条件不明) 公開の情報から中〜高価格帯(Reluxの1名1室で三万円台前半〜。ほかに三万円台半ば・五万円台後半・六万円台前半 の表示がある)

Facility

Room
大人1名・1室の検索で部屋17件・プラン2件(2名の検索では部屋16件・プラン2件)。1名のほうが部屋が1件多く、プランは同数
Meal
食事の付くプランがある。1名で出るプランは2件で、2名と同じ数

宿タイプ

  • 温泉旅館
  • 老舗宿
  • 温泉街の宿

向いている人間

  • 一人で予約したい人(1名で部屋17件・プラン2件が表示される)
  • 部屋を選びたい一人客(1名でも17件が出る)
  • 有名な温泉地に一人で泊まりたい人

向いていない人間

  • 食事や条件を比べたい人(1名で出るプランは2件。2名も2件で同じ)
  • 1泊を2万円台に収めたい人(1名は3万円台から)
  • 移動を短くしたい人(新幹線と在来線とバスを乗り継ぐ)

予約前の注意事項

大人1名・1室で表示される部屋は17件で、2名の16件より多い。有名な温泉地の老舗宿でも、一人で部屋を選べる例がある。ただしプランは1名2件・2名2件で、どちらも少ないため、食事や条件の組み合わせは限られる。行き方は三通り案内されており(高崎経由・上野からの特急・軽井沢経由)、所要と乗り換えの数が違うので、予約の前に確かめること。

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