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十七と十六
案は三つ用意しろ、と言っていた。
二つでは比較にならず、四つでは会議が終わらない。三つがちょうどよいと、四十二年のあいだに覚えた。言うほうにいたので、用意する手間は知らない。
行き先も、経路も、まず三つ見る。
三月に、手帳の一週間が全部白かった。白い週の上に、私は「自由週間」と書き込んだ。書いた字を見て、消した。消しゴムでは消えず、上から線を引いた。線を引いた週は、白いよりも目立つ。
台所で妻が水を止める音がして、それから電気ケトルが鳴った。私は手帳を閉じた。
四月の入口に、草津の宿を見ていた。線を引いた週の、次の週である。大きい宿は二人から、というのが私の頭にあった。根拠は無い。無いまま、そう思っていた。
一名にした。部屋が十七件出た。
念のため二名にした。十六件になった。
一つ、多い。
私は数え直した。数え直しても十七と十六である。
一人だと減る。それは、この半年でいくつも見た。
増えるのは、初めてである。
二人では使えない部屋が一つあるのだろう、と考えて、そこで止めた。
減るものだと思って見ていたので、増えた一件を、私はどう扱えばよいのか分からなかった。
三通り
行き方も、三通り書いてあった。高崎からの在来線と、上野からの特急と、軽井沢からのバスである。
所要を、私は三つとも調べた。十五分ほどで終わった。その日の午後は、まだ長かった。

いちばん短いのを選ばなかった。乗り換えが少ないほうにした。
湯畑
草津のバスターミナルで降りて、少し歩いた。
四月の入口で、まだ風は冷たい。湯の匂いが、通りの端まで来ている。

湯畑の柵のところに、人が並んでいた。並んでいるというより、思い思いに立って、湯の落ちるところを見ている。私も立った。
湯は、上から下へ落ちて、落ちたところで白くなる。白いのは湯気ではなく、湯そのものの色に見えた。
手すりに肘を置いた男が一人、落ちるところではなく、その手前の平らな面を見ていた。平らな面は、動いているようには見えない。その人は、そこを長く見ていた。私も、平らな面のほうへ目を移した。動いているのかどうかは、分からなかった。
十七のうちの一つ
通された部屋は、十七のうちのどれだったのかは分からない。番号は控えていない。
夕食は、下の食事処でとった。入口に近い卓に座った。
膳を運んできた人が、お連れさまは後からお見えですか、と聞いた。
卓に出ているのは膳が一つである。答える前に、いえ、と言っていた。いえ、では何を否定したのかが分からない。
その人は膳の向こうへ手を伸ばした。伸ばした先に湯呑みが一つ余っていて、それを取り、盆に載せ、卓を離れるまでを、私は目で追った。下げられるまで、二つあることに気づいていなかった。
湯は熱かった。熱いのは知っていた。知っていて、入るまでに縁で足を三度浸けた。
上がって、部屋で座った。窓の外は、隣の建物である。それでよかった。
手帳
朝、手帳を出した。
去年の暮れに、来週の欄へ「筑波 二度目」と書いた。日付は入れなかった。日付を入れれば予定になり、予定になれば段取りが要る。
三か月が過ぎた。行っていない。
手帳は、そのあいだに頁が変わっている。「筑波 二度目」は、もう見えないところにある。
私は前の頁を繰って、その行を探した。あった。

破らなかった。線も引かなかった。
新しい頁を開いて、同じ字で書き写した。
筑波 二度目。
日付は、今度も入れなかった。
書き写すのに、二分かかった。字の大きさを、前の頁と同じにしようとしたからである。
帰り
バスと在来線と新幹線を、来たときと同じ順で逆にたどった。
家に着いて、妻に草津だったと言った。
妻は、混んでいたかと聞いた。私は、湯畑のところは人が多かったと答えた。それで終わりだった。
前の宿のときは、夕食のあとで妻のほうから湯のことを聞かれた。今度は聞かれなかった。聞かれなかったのは、私が先に行き先を言ったからだと思う。
手帳には、書き写した行が一つ増えた。
