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記録
母の食事は、毎日記録している。
主食を何割、副菜を何割。施設の用紙にそう書く欄があって、面会のたびに前の週のぶんを見せてもらう。十割の日は少ない。七割が続くと、少し安心する。三割の日が二日続いたら、電話が来る。
割合で見る癖が、いつのまにか自分の食事にも移った。定食が来ると、これは何割食べられるか、と先に思う。
思ってから、食べる。たいてい、残す。
四月に、群馬の宿を見ていた。
一名にすると、部屋が七つ、プランが七つ出た。二名なら部屋は二十一で、プランは十四ある。三分の一と、半分である。
七つのプランを、上から読んだ。素泊まり。朝食付き。それから、量を減らした会席のプランがあった。
少なくします、と宿が先に書いている。
先に
私はその行を、二度読んだ。
会席が食べきれないことは、これまでにもあった。残すたびに、少し困る。困るのは、下げに来る人と目が合うからだ。

食べきれない、を先に見込んで選んだのは、初めてだった。
これまでは、出てきたものを見てから、どうにかしていた。——今回は、出てくる前に減らしている。
減らすことを自分で選ぶのと、減らされるのを受け取るのは、違う。母の用紙の七割は、母が選んだ七割ではない。
石段
上越新幹線で高崎まで行って、上越線に乗り換えて渋川で降りた。八十分ほどである。
駅からバスで三十分。終点で降りた。バス停までなら迎えに来てもらえると書いてあったが、頼まなかった。三分の距離だった。

伊香保の石段は、上まで続いている。四月の午後で、人は多い。段の脇に湯が流れていて、下から見ると段そのものが濡れて見える。
私は途中まで上がって、引き返した。上まで行かなかったのは、疲れたからではない。上まで行けば、下りるときに膝を使う。段を下りる人の足元を、私は最近よく見る。
膳
夕食は下の広間だった。
膳が来た。品数は少なくない。一つひとつが小さい。

食べた。全部食べた。
全部食べたのは、いつ以来か思い出せない。思い出せないので、そこで考えるのをやめた。
手前の卓に、男が一人腰を下ろしていた。膳の上のものを、手前から順に空にしていた。順に空にすると、皿が左から減っていく。減った側に、その人は箸置きを移していた。移すたびに、食べた量が箸置きの位置で分かる。
私も、同じことをしていた気がする。していたかどうかは、思い出せない。
割合
朝、湯に入った。窓の外は榛名の山で、四月の色をしている。
朝食は選んで取る形だった。私は皿に三種類だけ取った。三種類は少ないが、全部食べた。
帰りのバスで、手帳を開いた。次の面会は来週。その次の土曜は、まだ何も書いていない。予定は増えても減ってもいない。
言われる
火曜に、職場で言われた。
昼にいつも行く店で、同じ課の人と一緒になった。私が頼んだものを見て、その人が言った。
ご飯、少なめにされるようになりましたね。
私は、そうですね、と答えた。それだけである。
いつからそうしていたのか、自分では分からない。少なめで、と言ったのは今日が初めてではない気がする。気がするだけで、いつからかは思い出せない。
——でも、変えたつもりはない。仕事も、面会の回数も、去年と同じである。
母の用紙は、今週も七割が四日あった。三割の日はなかった。
私はそれを見て、記録の欄に自分の字で丸をつけた。丸をつける欄ではない。ただ、つけた。
