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流れた
先の日付で、一泊を取ってあった。
前に泊まった宿で、帰り際に取った。夕食を部屋へ運んでもらうほうで、そちらは会場で食べるより四千円ほど高い。それを承知で取った。
その日の三週間前に、施設から連絡があった。その週は行事が入るので、土曜の面会を動かせないかという話だった。
動かせないか、と聞かれると、動かせる。私の土曜は、面会のためだけに空けてある。空けてあるものを動かすのは、埋まっているものを動かすより簡単で、簡単なことが少し嫌だった。
日を変えた。二週間ずらして、面会のほうを先に決めた。
それから宿の画面を開いた。部屋食のプランは、その日は埋まっていた。
残っていたのは、会場で食べるほうだった。
取った。四千円は、出ていかなかった。——でも、得をしたのとは違う。最初から出ていないだけだ。
五十三分
那須塩原からバスで五十三分。
新幹線は一時間十分ほどで着いて、そこからのほうが長かった。長いのは知っていた。知っていて、この宿にした。

バスは川に沿って上がった。一月の終わりで、川の石が白い。雪ではなく、乾いた白さだった。
窓の外を見ながら、私は次の面会の日を数えていた。数えるのは癖で、止まらない。バスの中では、他にすることがない。
掲示
宿の玄関に、紙が貼ってあった。
渓流の野天風呂が二つ、休んでいるという。二〇二六年の二月から、約二年間。上流の発電所の工事で、水が増えたときに危ないから、と書いてあった。
約二年。
私は、その四文字の前で止まった。
二年後に自分がどこにいるかを、私はもう考えない。考えないことにしたのではなく、考える癖がなくなった。二週間先の面会と、その次の面会と、その二つで手帳が埋まる。
二年後、この宿は湯を開ける。開けると決めて、いま閉めている。
私は玄関でしばらく立っていた。立っている理由を、あとから探した。
会場
湯には、開いているほうに入った。渓流は窓の下にある。休んでいる湯がどれなのかは、外からは分からなかった。

夕食は会場だった。
前の宿では、私は端の卓に座った。壁を背にする位置だった。誰にも背中を見られない。
今日は、卓が空いていた。端も空いていたし、真ん中も空いていた。
真ん中に座った。
理由はない。理由がないので、座ってから、少し落ち着かなかった。背中の側を、人が通る。仲居が通り、客が通る。通るたびに、私は少しだけ肩を動かした。
三度目からは、動かさなくなった。
少し先に、男の姿があった。膳の前で、箸袋を横に置いて、それをまっすぐに直していた。斜めになっていたのだと思う。直してから、箸を取った。
炉端で焼いたものが出た。名前は覚えなかった。おいしかった。
二週間
朝、湯にもう一度入った。窓の外の川は、昨日と同じところを流れている。
十時に発って、バスで五十三分かけて駅へ戻った。
新幹線の中で、手帳を開いた。次の面会は来週で、その次は再来週である。その次の次は、まだ何も書いていない。
次の一泊は、取らなかった。
取らなかったのは、決めたからではない。面会の日がまた動くかもしれないうちに宿を取ると、また流れる。流れると、取り直すことになる。取り直すのは、思っていたより手間だった。
手帳の予定は、増えても減ってもいない。
家に着いて、鞄を置いた。玄関で靴を揃えながら、背中の側を人が通る感じを、まだ少し覚えていた。
