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二で割る
四月に入って、熱海の宿を見ていた。
近い。新幹線で三十五分と書いてある。こだまでも五十分。あたしがいちばん遠くまで走る配達より、たぶん短い。
一名にした。部屋が二つ、プランが二つ。二万三百七十七円。
二名にした。部屋が六つ、プランが四つ。二万六千七百五十二円。
二で割った。
一万三千三百七十六円。
一人で行くほうが、七千円高い。
これは知っていた。知っていたが、同じ画面の同じ日で並べて見たのは初めてだった。数字が二つ並ぶと、知っていたことでも形が変わる。
七千円は、雨の日の三時間ぶんに近い。
あたしは、二人で行く相手を持っていない。
誘う
配達は一人でやる。誰かと組むことはない。同じ区画で毎日すれ違う人はいるが、名前は知らない。
祖母がいる。母方の、八十いくつの。
子どものころ、夏に預けられていた。いまも年に一、二度、顔を見に行く。行くだけである。何をするでもなく、座って、少し話して、帰る。
祖母はあたしの仕事の中身を知らない。配達だとは知っている。何をどう運んでいるかは知らない。雨の日は走るな、とだけ言う。

電話をした。熱海に行かないか、と言った。
祖母は、いつ、と聞いた。
日付を言った。祖母は、行く、と言った。それだけだった。
誘ったのは、あたしのほうからは初めてである。
四十分ごと
熱海の駅で、送迎のバスに乗る。四十分ごとに出ていると書いてあった。
九時四十分から、夜の七時まで。四十分ごとということは、待っても四十分である。
祖母は歩くのが遅い。改札からバス乗り場まで、あたしが普段の速度で歩けば二分の距離を、七分かけて歩いた。

七分かかったが、遅れていない。遅れるというのは、間に合わない先があるときに使う言葉である。今日は、次の便が四十分後にあるだけだ。
バスは坂を下って、海のほうへ出た。四月の海は、二月に見た紀伊の海より色が薄い。
祖母は窓の外を見て、海だね、と言った。あたしは、海だね、と返した。
速度
宿は大きかった。廊下が長い。
祖母の速度で歩くと、廊下の長さが分かる。あたし一人なら、長いとも思わずに端まで行っている。
湯には、祖母と別々に入った。時間を決めて、部屋で落ち合った。

夕食は下の会場で、選んで取ってくる形だった。祖母は三つ取った。あたしは七つ取った。
祖母は、あたしの皿を見て、よく食べるね、と言った。あたしは、走るからね、と言った。
そう言ってから、走ることを自分から言ったのは初めてかもしれない、と思った。祖母は、そう、と言って、それ以上は聞かなかった。
離れた卓に、男が一人いた。取ってきた皿を、食べる前に全部並べ直していた。並べ直してから、いちばん左を取った。左から順に食べるつもりらしかった。
聞かれる
朝、部屋の窓から海が見えた。
祖母は早く起きていた。窓のところに椅子を寄せて、座っていた。あたしが起きたのに気づいて、何も言わなかった。
帰りのバスは、十時二十分のに乗った。次は十一時である。四十分ごとというのは、そういうことだ。
熱海の駅で、祖母が聞いた。
次はいつ来る。
あたしは、少し考えて、日付を言った。
秋の、ある日である。まだ半年ある。半年先の日付を、あたしは言った。
祖母は、覚えとく、と言った。
九十五
東京に戻って、翌日から走った。
時間内に着いた割合は、九十五のままである。上がっても下がってもいない。
配達は一人でやる。それは変わらない。
変わったのは、手帳に日付が一つあることだ。手帳は持っていないので、アプリの予定に入れた。入れるとき、通知を入れるかどうかを聞かれた。
入れた。
半年先の通知が、一つある。
