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睡眠スコア
九月十六日、睡眠スコア六十二。深い睡眠が四十八分。目標は九十分だから、五十三パーセントの達成率になる。会社を畳んで、十四か月が経った。畳む、という言い方を僕は使う。譲渡、と正式には言う。売った、とも言える。正式な言い方をすると手続きの話に聞こえるが、手続きの話ではあった。実際、最後の三か月は手続きだけだった。
いまは、朝起きてリングを外し、数字を見る。数字が悪ければ、その日の予定を減らす。良ければ、増やす。それが僕に残った唯一のKPIだった。課題、解決、という順で人生を語ろうとして、課題のところで止まる。止まったまま、十四か月。
先週、妻が「その指輪、外したら?」と言った。外したらどうなるかを、僕は説明しようとした。基準値がなくなると、体調の変化に気づけなくなる。気づけないと、対処が遅れる。対処が遅れると——そこまで言って、妻の顔を見た。顔の意味が、分からなかった。分からなかったことが、その週でいちばん、記録に残らない出来事だった。
その晩、宿を探した。検索条件に「送迎なし」と入れることはできない。できないので、地図で探した。駅から遠い順に見ていった。岡山の山の中に、一軒あった。津山という駅からバスで六十分。送迎はない、と書いてあった。足元湧出、という言葉があった。湯船の底から、源泉が直接湧いている。そういう湯があるらしい。
バス六十分
新幹線を乗り継いで、津山まで来た。バスの時刻を、三日前に確認していた。本数が少ないと宿のサイトに書いてあったからだ。書いてあったので、僕はスプレッドシートを作った。作ってから、四本しかない列にスプレッドシートは要らないと気づいた。
バスは、川に沿って上がっていった。六十分は長い。長いが、山道なので、速度が出ない。速度が出ないから六十分なのであって、距離としては大したことがないのかもしれない。計算しようとして、やめた。窓の外に、稲刈りの終わった田が続いた。切り株が規則正しく並んでいて、その上に、白い鳥が三羽いた。三羽、と数えた自分に気づいた。数えなくていいものを数えるのが、癖になっている。
バスの後ろのほうに、もう一人だけ客がいた。窓側の男で、膝の上の黒い手帳に、何か書いている。僕はつい、何のログだろう、と考えた。走行時間か、経費か。手つきを見ているうちに、それがログではなく、ただの字だと分かった。数字でも表でもない、ただの文章。僕が、ただの字というものを書かなくなって、何年になるだろう。

足元
宿は、川沿いにあった。八室だと聞いた。建物が登録有形文化財だという。湯に入った。湯船の底が、砂利だった。板でも石でもなく、細かい砂利が敷いてある。足を置くと、砂利のあいだから、何かが上がってくる感じがあった。湧いているのだった。
底から湯が湧く。掘って引くのではなく、たまたま湧いているところに、人が湯船を作った。順序が逆なのだ、と思った。普通は、必要があって場所を決める。ここは、場所が先にあって、人があとから来た。
足の裏に、湯の当たる感触があった。何度か、足の位置を変えた。変えるたび、当たり方が違う。同じ湯船なのに、場所によって違う。これは、測れないな、と思った。温度なら測れる。湧出量も測れるだろう。でも、足の裏のこの感じは、何の指標にもならない。測れないものの前で、僕はただ立っていた。いや、座っていた。湯船だから。

夕食と、リング
夕食は会席だった。七時までに着いていないと出せない、と予約のときに書いてあった。僕は五時二十分に着いていた。食べているあいだ、右手の指のリングが、皿に当たって二度鳴った。二度目のあと、外した。外して、卓の隅に置いた。置いてから、これで今夜のデータは欠測になる、と考えた。
欠測。僕が三年間、いちばん嫌っていた状態だ。データが取れない日があると、平均が歪む。歪んだ平均は、判断を誤らせる。卓の隅のリングを見た。小さい。指から外すと、こんなに小さい。そのまま、部屋に戻るまで、つけなかった。
欠測
朝、もう一度湯に入った。朝の湯は、夜より少し温かった。気のせいかもしれない。測っていないので、分からない。分からないまま、にしておいた。
十時に発った。バスの時刻は、十時十八分。宿の前で待った。来た道を下りながら、切り株の田をまた見た。白い鳥は、いなかった。いなかった、と思ってから、数えなかったことに気づいた。
津山で乗り換えて、岡山へ出た。新幹線の座席で、リングを鞄から出した。出して、また鞄に戻した。充電は、たぶん切れている。切れていることを、確かめなかった。確かめないでいられることが、いまの僕の、たったひとつの新しい変化だった——と考えて、それも数字にはできないな、と気づいた。数字にできないまま、窓の外を、ただ見ていた。
