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冷鉱泉
宿の説明に、冷鉱泉と書いてあった。冷たい鉱泉。源泉の温度が二十五度未満のものを、そう呼ぶらしい。そのままでは、湯として使えない。だから加温する。源泉が百パーセントであっても、温度は足す。かけ流しではない、とも書いてあった。書いてある。隠していない。僕は、その二行を三回読んだ。
去年の僕なら、この宿を候補から外していた。理由は明確だ——かけ流しでないなら湯の質が落ちる、落ちるものに金を払うのは非効率である。そう判断していた。判断の根拠を、僕は説明できる。説明できるが、僕自身が湯の質を評価できるわけではない。評価できないものを、かけ流しか否か、という二値の指標で代替していた。
七月の第三週、宿を取った。会社を畳んで、十七か月になる。有給という言葉は、もう僕の予定表にない。リングは六月から外していて、机の上に置いてある。充電はしていない。妻が「その指輪、外したら?」と言ったのが、去年の七月だ。外すのに、一年かかった。
送迎
鳥羽の駅で、送迎の車を待った。事前予約制だと書いてあったので、三日前に予約してある。車は五分ほど遅れて来て、運転手の方が、道が混んでいまして、と謝られた。大丈夫です、と僕は答え、答えてから、五分の遅れを自分が計測していたことに気づいた。指輪を外しても、計測はしている。道具がなくなっただけで、癖は残る。
待つあいだ、同じ車を待つらしい男が、少し離れて立っていた。地味な上着に、片手の黒い手帳。時刻表も時計も見ず、手帳に何か書いている。書いては、湾のほうを見て、また書く。僕はつい、その手が一分あたり何字書くかを見積もりかけて、やめた。あの男が書いているのは、たぶん、字数で測るものではない。
車で十五分ほど走って、宿に着いた。
離れ、十棟
全部で十室、すべて離れの棟になっているという。自分の棟に荷を置くと、鞄の底から去年のどこかの宿の歯ブラシが袋のまま出てきて、また戻した。窓の外に、鳥羽湾があった。夏の午後の海は光が強すぎて色が飛んでいたが、しばらく見て目が慣れると、色が戻ってきた。青ではない。灰色に近い緑だった。

部屋に付いた露天に入った。温度はちょうどよかった。ちょうどよくて当然だ、加温しているのだから、狙った温度が出せる。自然に湧いた湯は、狙えない。四十七度なら四十七度で、そのまま使うか、冷ますか、混ぜるかしかない。どちらが良いのか、僕には決められなかった。決められないまま、湯に浸かっていた。
加温という工程

夕食は部屋に来た。個室のダイニングも選べるという。食べながら、加温のことを考えていた。冷たい水が湧いている。そのままでは入れない。だから温める。温めるには、燃料が要る。設備が要る。管理が要る。その工程を、宿は説明文に書いている。書かなければ、たぶん誰も気づかない。書けば、僕のような人間が「かけ流しではない」と判断して外す。それでも、書いてある。
そのままでは使えないものを、手を加えて使う。それを僕は、ずっと不純だと思っていた。会社をやっていたころ、僕が探していたのは「素の状態で強いもの」だった。手を加えなくても伸びる指標。放っておいても回る仕組み。手を加え続けないと維持できないものは、弱いと判断していた。その判断で、僕は自分の会社を畳んだ。畳んだあとに、妻との時間が残った。
妻
七年、僕は彼女に何も加えなかった。加えなくても続くと思っていた。実際、続いている。続いているが、温度は下がった。温めるには、燃料が要る。設備が要る。管理が要る。要ることを、僕は知らなかったのではない。知っていて、コストとして計上していなかった。それだけのことだ。それだけのことに、十七か月かかった。
凪
朝、もう一度露天に入った。朝の湾は、昨日より色があった。光の角度だ、と分かっている。分かっているが、色があるほうが、いい。
十一時に発った。送迎で駅へ戻る途中、運転手の方が、今日は海が凪いでますね、と言った。そうですね、と僕は答え、答えてから、凪と時化の違いを自分が目で判別できないことに気づいた。判別できないのに、そうですね、と答えた。以前なら、それを不誠実だと思っただろう。今日は、思わなかった。
新幹線の座席で、妻にメッセージを打った。課題、と打ちかけて、消した。今夜、外で食べないか、と書いた。送ってから、返信が来るまでの時間を、測らなかった。
