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RECORD № 050

既定値が、一人だった

計測をやめられない人間の、漸進的な手放し方

スタートアップを立ち上げ、燃え尽き、会社を手放そうとしている。睡眠も、心拍も、生産性も、十年以上計測し続けてきた。やめ方が分からない。黒瀬に最もよく似た、少しだけ先で燃え尽きた男。

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既定値

会社を売却して、十九か月が経った。リングは相変わらず机の上にある。充電はしていない。

先月、妻に外食に誘うメッセージを送った。既読がついてからの返信までの時間を、測らなかった。あれから五か月、また誘った。今回も測らなかった。二度目だと、一度目より少しだけ簡単だった。

宿を探していて、一休.comの検索窓が、最初から「大人一名」になっている宿を見つけた。他の宿は「二名」が既定値で、一人だと自分で数字を変える必要がある。この宿は、変える必要がなかった。既定値が、一人だった。

川棚

新幹線を乗り継いで、下関まで五時間近くかかった。在来線に乗り換え、川棚温泉駅で降りた。無人に近い駅だった。タクシーで五分。

車内で、スマートフォンのバッテリー残量を見た。四十二パーセント。以前なら、着く前に充電を探していた。今回は、見ただけで、何もしなかった。

さんろじ

宿は全八室、すべて離れだという。一日八組限定、十二歳未満の宿泊は不可。公式サイトには「恋人やご夫婦で」という文言があった。妻はいない。それでも、検索窓が最初から一人分だったことを思い出すと、居心地の悪さは半分になった。

画像はイメージです

個室の食事処で、隣の個室から話し声がかすかに聞こえた。夫婦らしい二人だった。話の内容は聞こえなかった。聞こえないくらいでちょうどいい距離だった。

廊下で、スマートフォンを片手に、画面を見ずに歩いている男とすれ違った。持っているだけで、見ていなかった。何のために持っているのか、僕には分からなかった。

ふぐ

夕食は個室で出た。下関ふぐを使った会席だという。一品ごとの原価を、頭の中で計算しかけて、やめた。KPIでもランウェイでもない食事に、値段以外の意味があることを、まだうまく言葉にできない。

画像はイメージです

露天風呂に入った。離れの専用風呂なので、誰も来ない。誰も来ないことを、寂しいと感じるか、快適と感じるか、その日の気分で揺れた。今日は、快適の方に寄った。

測らない

朝、もう一度専用の露天風呂に入った。夜より湯気が薄く見えた。

十一時前に発って、川棚温泉駅からタクシー、在来線、新幹線と乗り継いで、東京へ戻った。

車内で、妻にメッセージを送った。「ふぐ、美味かった」とだけ。既読がつくまでの時間を、また測らなかった。測らないことが、二度目になった。二度目は、一度目より簡単だった。

検索窓は、最初から「大人1名」だった。特別扱いでも例外扱いでもなく、そこにいることになっていた。

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Field Notes

小天狗さんろじ

Overview

山口県
Region
山口県下関市(川棚温泉)
Access
下関駅からJR山陰本線で川棚温泉駅まで約38〜46分、川棚温泉駅からタクシーで約5分。新下関駅からタクシー/レンタカーで約30分
Price
中価格帯(素泊まり1名税込30,360円〜、朝食付1名税込32,200円〜。夕朝食付の1名料金は未確認)

Facility

Room
全8室すべて離れタイプ。各部屋定員1〜2名、全室専用露天風呂・専用庭付き
Meal
夕食・朝食ともに個室お食事処「十草木」で提供。冬季(9〜4月)は下関ふぐを使った会席が特徴

宿タイプ

  • 温泉旅館
  • 全室離れ
  • 露天風呂付き客室
  • 大人限定

向いている人間

  • 一人で温泉と個室の食事を静かに楽しみたい人
  • 他の宿泊者と顔を合わせずに過ごしたい人

向いていない人間

  • 館内で他の宿泊者や従業員との交流・賑わいを求める人
  • 子供連れ(12歳未満は宿泊不可)

予約前の注意事項

夕朝食付(2食)プランの1名料金は個別に確認が必要。宿は公式に「恋人やご夫婦で」と謳う大人限定の宿でもある。