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屋号なし
屋号を手放して、半年が過ぎた。名刺は、まだ刷っていない。刷らない理由を、以前は考えていた。今はもう考えない。ただ刷っていない。
先週、新しいクライアントとの打ち合わせで、「お若く見えるので若い感性のデザインが得意そうですね」と言われた。悪気はないのだろう。ないのだろうが、実績でも仕事内容でもなく、見た目から判断された言葉だった。「わたし」の一人称で、それだけ言った。「ありがとうございます」とは言わなかった。
町家を改装した京都の宿を見つけた。共同の大浴場がなく、全室に檜風呂があるという。誰かと湯船で顔を合わせる必要がない。一人で予約できるかどうかは、サイト上に明記がなかった。宿に直接電話をかけた。
東山
新幹線で二時間十五分。京都駅から市バスに乗り、東山安井で降りた。徒歩四分。産寧坂の方向から観光客の声が聞こえたが、下河原通に入ると急に静かになった。

町家の間口は狭かった。狭い間口の奥に、部屋数分の静けさが積み重なっているように見えた。
ゆとね
電話で確認した通り、一人での宿泊は問題なく通った。案内された部屋には、檜の風呂があった。共同の大浴場を探して館内を歩く必要がない、というのは、思っていたより気が楽だった。
廊下で、着物姿ではない男とすれ違った。所作に慣れた歩き方だった。京都に住み慣れているのか、それとも何度も来ている客なのか、判断がつかなかった。判断する必要もなかった。手には黒っぽい手帳があった。

檜の風呂に湯を張った。木の匂いが強かった。値踏みされる場面を、湯に浸かりながら思い出した。思い出しても、湯の温度は変わらなかった。
京会席
夕食は京会席だった。旬の野菜と湯葉が中心だった。品数は多くなかったが、一つ一つに手間が見えた。
食べながら、屋号のことをまた考えた。屋号がないことを、まだ誰にも聞かれていない。聞かれたら、どう答えるかを決めていない。決めていないことに、以前ほど不安を感じなかった。
聞いてみる
朝、もう一度檜の風呂に入った。夜より木の香りが薄く感じた。
十一時前に発って、京都駅まで戻り、新幹線で東京へ戻った。
車内で、名刺のことを考えた。屋号を決めて刷るか、屋号のないまま刷るか。どちらでもいい、と思いかけて、思うだけでは決まらないと気づいた。決まらないなら、今回のように、聞いてみればいい。聞いてみないと分からないことを、今回はわたしが直接聞いた。
可否は、聞いてみないと分からない。分からないことを、今回はわたしが直接聞いた。
