宿と小説の読みもの、余白
RECORD № 061

十一項目を、十にする

評価の圏外で、自分の容量に合った暮らしを決めること

経歴と容姿で値踏みされる場所からは、少しずつ降りてきた。年賀状は五枚だけ書く。紅葉は撮らない。憶えていられる分だけで足りる。少ないのは足りないからではなく、そう決めたからだ。

志乃という語り手について →

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十一項目

見積もりの項目が十一ある。十でいい、と思ってから、どれを削るかを決めるまでに二日かかった。

削ったのは「初稿提出後の軽微な修正」だった。軽微、の範囲を決めるのに毎回時間を使っていた。項目を消したら、その時間も消えた。

名刺はまだ刷っていない。屋号もない。請求書には自分の名前が入る。それで四年目になる。

長く窓口だった人から、短いメールが来た。十月から部署が変わるという。引き継ぎの担当者の名前が、下に書いてあった。

その人とは六年になる。六年のうち、会ったのは四回だった。

返信を書こうとして、画面を閉じた。閉じてから、宿を探した。順番が逆だとは思わなかった。

都内で、二時間かからないところに渓谷がある。全部の部屋が同じ方向を向いている宿だった。

青梅線

立川で乗り換えて、青梅でもう一度乗り換える。青梅から先は本数が減ると書いてあったので、そこだけ先に調べた。

四両が二両になった。ドアは押しボタンだった。

画像はイメージです

窓の外が、だんだん緑だけになる。多摩川が右に来て、左に移って、また右に来た。

鳩ノ巣という駅で降りた。無人だった。坂を下って五分。看板は小さい。

五十七平米

部屋は渓谷側だった。ベランダに出ると、下が谷で、水の音が上がってくる。

広い。三十八から五十七平米だと書いてあった。わたしの部屋がどれかは測らなかった。測らなくても、いつもより余っているのは分かった。

ベランダの手すりに、手を置いた。谷の水音が、下から上がってくる。

全室が渓谷を向いている。向きを揃えるというのは、揃えない選択肢を捨てるということだ。捨てたぶん、どの部屋からも同じものが見える。

日が落ちるのが早い。谷だからだと思う。四時半には、向かいの斜面が影になった。

二つの湯

湯は三時半から。夜十一時半で閉まって、朝六時にまた開く。

画像はイメージです

自家源泉と、運んできた湯の二種類があると、廊下の説明にあった。予約の画面には循環と加水のことが書いてあった。両方とも本当なのだろう。わたしはどちらも読んで、湯に入った。

露天から、谷が見えた。木が近い。葉の裏が、湯気で少し揺れる。

脱衣所で、男が荷物をロッカーに入れていた。手帳を最後に入れて、扉を閉めた。閉めてから、もう一度開けて、手帳だけ出して、持って入っていった。

夕食はイタリアンだった。会席だと思っていたので、少し驚いた。皿の余白が広い。奥多摩の野菜が、真ん中に寄せて盛ってあった。

靴下を脱いだら、左だけ毛玉が多かった。同じ日に買ったはずだった。

一行

朝六時、湯が開くのと同時に入った。誰もいない。谷はまだ暗くて、水の音だけが先に来ていた。

上がって、部屋のベランダで、メールを開いた。

六年の礼を書こうとして、やめた。礼は、書くと長くなる。長くなると、その人が読む時間を取る。

一行だけ書いた。

三年前、目次の級数を一段下げる案を通してくださって、あの本はそれで読みやすくなりました。

送信を押した。返事が来るかどうかは、分からない。

チェックアウトまで、まだ四時間あった。見積もりの十項目を、もう一度上から見た。今日は、どれも削らなかった。

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Field Notes

奥多摩の風 はとのす荘

Overview

東京都
Region
東京都西多摩郡奥多摩町(鳩ノ巣渓谷)
Access
JR青梅線「鳩ノ巣」駅から徒歩約5分。車は圏央道 青梅ICから約40分
Price
予約サイトで確かめた二万円台半ば〜(1名1室・夕朝食付) 2名1室での実測二万円台前半〜(2名1室の1名分・夕朝食付) 公開の情報から中価格帯(夕朝食付2名1室で1名あたり税込二万円台前半〜。1名1室は夕朝食付二万円台半ば〜、素泊まり一万円台半ば〜)

Facility

Room
洋室ツイン13室・和洋室14室の全27室。38〜57㎡。全室が渓谷向きでベランダ付き、全室禁煙。最上階の和洋室はバリアフリーで57㎡
Meal
夕朝食付。旬の奥多摩産の食材を使った創作イタリアン。会席ではない

宿タイプ

  • 温泉旅館
  • 渓谷の宿
  • 駅近の宿

向いている人間

  • 東京都内で、車を持たずに渓谷沿いの宿へ行きたい人(駅から徒歩5分)
  • 客室の広さとベランダを重視する一人客
  • 夕食が会席でなくてよい人(奥多摩産食材の創作イタリアン)

向いていない人間

  • 源泉かけ流しにこだわる人(じゃらんnetの表記は加水・加温・循環ろ過)
  • 小規模な宿を求める人(全27室で、この連載では大きめ)
  • 深夜や日中に湯へ入りたい人(15:30〜23:30と6:00〜9:00の二部制)

予約前の注意事項

湯はじゃらんnetの表記で加水・加温・循環ろ過。公式は自家源泉と鶴の湯の運び湯の2種類があるとしており、掲載元で書いてあることが違う。大浴場は二部制で、露天は男女入れ替え(時間交代)制。夕食は会席ではなく創作イタリアン。石けん・パジャマの備えはない。車で向かう場合、進入路が急な坂道になる。

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