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十一項目
見積もりの項目が十一ある。十でいい、と思ってから、どれを削るかを決めるまでに二日かかった。
削ったのは「初稿提出後の軽微な修正」だった。軽微、の範囲を決めるのに毎回時間を使っていた。項目を消したら、その時間も消えた。
名刺はまだ刷っていない。屋号もない。請求書には自分の名前が入る。それで四年目になる。
長く窓口だった人から、短いメールが来た。十月から部署が変わるという。引き継ぎの担当者の名前が、下に書いてあった。
その人とは六年になる。六年のうち、会ったのは四回だった。
返信を書こうとして、画面を閉じた。閉じてから、宿を探した。順番が逆だとは思わなかった。
都内で、二時間かからないところに渓谷がある。全部の部屋が同じ方向を向いている宿だった。
青梅線
立川で乗り換えて、青梅でもう一度乗り換える。青梅から先は本数が減ると書いてあったので、そこだけ先に調べた。
四両が二両になった。ドアは押しボタンだった。

窓の外が、だんだん緑だけになる。多摩川が右に来て、左に移って、また右に来た。
鳩ノ巣という駅で降りた。無人だった。坂を下って五分。看板は小さい。
五十七平米
部屋は渓谷側だった。ベランダに出ると、下が谷で、水の音が上がってくる。
広い。三十八から五十七平米だと書いてあった。わたしの部屋がどれかは測らなかった。測らなくても、いつもより余っているのは分かった。
ベランダの手すりに、手を置いた。谷の水音が、下から上がってくる。
全室が渓谷を向いている。向きを揃えるというのは、揃えない選択肢を捨てるということだ。捨てたぶん、どの部屋からも同じものが見える。
日が落ちるのが早い。谷だからだと思う。四時半には、向かいの斜面が影になった。
二つの湯
湯は三時半から。夜十一時半で閉まって、朝六時にまた開く。

自家源泉と、運んできた湯の二種類があると、廊下の説明にあった。予約の画面には循環と加水のことが書いてあった。両方とも本当なのだろう。わたしはどちらも読んで、湯に入った。
露天から、谷が見えた。木が近い。葉の裏が、湯気で少し揺れる。
脱衣所で、男が荷物をロッカーに入れていた。手帳を最後に入れて、扉を閉めた。閉めてから、もう一度開けて、手帳だけ出して、持って入っていった。
夕食はイタリアンだった。会席だと思っていたので、少し驚いた。皿の余白が広い。奥多摩の野菜が、真ん中に寄せて盛ってあった。
靴下を脱いだら、左だけ毛玉が多かった。同じ日に買ったはずだった。
一行
朝六時、湯が開くのと同時に入った。誰もいない。谷はまだ暗くて、水の音だけが先に来ていた。
上がって、部屋のベランダで、メールを開いた。
六年の礼を書こうとして、やめた。礼は、書くと長くなる。長くなると、その人が読む時間を取る。
一行だけ書いた。
三年前、目次の級数を一段下げる案を通してくださって、あの本はそれで読みやすくなりました。
送信を押した。返事が来るかどうかは、分からない。
チェックアウトまで、まだ四時間あった。見積もりの十項目を、もう一度上から見た。今日は、どれも削らなかった。
