宿と小説の読みもの、余白
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せっかく来たのだから、と思わずにいたい。

その言葉が出てこない場所の話です。湯が三つある宿に泊まると、三つとも入ろうとします。朝と夜で入れ替わるなら両方に入り、貸切があるなら着いてすぐ枠を取り、せっかく来たのだからという言葉が、いつのまにか一晩の予定表になっています。

湯が一つの宿では、その必要がありません。

客室に置いた

大浴場を持たず、湯を部屋の側に寄せています。廊下を歩きません。誰とも時間をずらしません。そのかわり、湯船は一つきりです。

万平ホテルは三棟に分かれていて、天然温泉の内風呂が全室に入っているのは2024年に建った愛宕館で、昭和11年の意匠を再現したアルプス館のほうにはガラス障子と猫足のバスタブがあります。

湯を一つに絞った宿を選ぶと、着いてからの選択が一つ減ります。どの湯にいつ入るかを一覧を見ながら組み立てなくてよくなり、入る場所を選ぶのに使っていた時間が、そのまま湯に浸かっている時間になります。湯の数は施設欄に出ますが、その数を一晩の中でどう配るかは、価格帯にも地域にも評点にも出てきません。

八軒は、湯をどこかに絞った宿です。館内に一つ置いた宿もあれば、客室の側へ寄せた宿もあります。絞った理由は宿によって違い、そこまでは書かれていません。

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分けたのは、湯をどこに置いたかです。

館内の一つに絞った

大浴場か内湯を一つ持ち、そこだけで完結します。湯の名前を憶える必要がありません。二つ目を探して館内を歩くこともありません。

湯の澤鉱泉は奥久慈の里山に建つ全7室の一軒宿で、敷地は約8万平米あり、露天は無く、岩風呂と檜風呂の二つを男女入れ替えで使います。京小宿 八坂 ゆとねは京町家を改装した全7室に共同浴場を持たず、薄紅・桔梗・群青・萌黄・胡桃・菜花・白群と名の付いた部屋のそれぞれに檜風呂があります。

向かないとき

露天が無いということは、湯に入っているあいだ、ずっと屋内にいるということであり、湯気は天井の下にたまったままで、湯から出した肩が外の風で冷えることもありません。外の空気に当たりながら浸かりたい人には向きません。

八軒のうち三軒は、そもそも温泉ではありません。日光金谷ホテル、海の旅亭 おきなわ名嘉真荘、京小宿 八坂 ゆとねがそれにあたり、湯を絞った結果として温泉が一つ残っている、と読めてしまうと違います。ここは曖昧にしません。

絞ったことと、湯の質は関係がありません。大丸別荘の内湯「次田の湯」は源泉かけ流しを基本としながら、一部にろ過と加温循環を併用していて、湯の数が少ないことを、そのまま質の話に読み替えないことになります。

湯の澤鉱泉は現地でクレジットカードが使えず、石鹸類とドライヤーも客室ではなく大浴場に置いてあるので、体を洗うのも髪を乾かすのも、湯のあるところまで下りていって済ませることになります。湯が一つだということは、そこまで下りていく回数が決まる、ということでもあります。

料金も湯の数も変わります。ここに並ぶのは掲載ページと調査記録に書かれていたもので、現地で違っていることはあります。

湯の数を絞る向きは、ほかにもあります。時間で借り切るなら湯を、借り切って使う宿、部屋の側へ寄せるならどの部屋にも、湯がある宿があります。

湯めぐりをしない夜

湯が複数ある宿の記録を読むと、たいてい、どの湯にいつ入ったかが書いてあります。

一つしかない宿の記録には、それがありません。かわりに、二度目に入ったのが何時だったかが書いてあります。同じ湯に、時間を置いてもう一度入るということで、それは湯めぐりとは別のことで、数えても意味がありません。

木の縁に置いた手拭いが、一度目より乾いていない。分かるのは、それくらいです。

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