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十三で止まっている
手帳の後ろから七頁目、十三で止まったまま四か月が経った。妙見温泉から帰って、十四語目を書こうとして、書かなかった日が何度かある。書かない理由を、私はもう作らない。以前は理由を作っていた。作らなくなったことが、変化なのかどうかは分からない。
名前のないページは、そのままだ。名前をつけなかった規則を、私は破った。破ったことを、まだうまく言葉にできていない。うまく言葉にできないことを、そのままにしておく。それも、以前の私にはなかった処理だ。
世界文化遺産の神社が鎮座する土地に、宿があるという記事を見た。丹生都比売神社。読み方を、最初に調べた。にうつひめ、と読む。神社は古い。宿は、調べると近年の建築だという。古い土地に、新しい建物が建っている。この組み合わせを、私はまだ分類できていない。
天野
新大阪から、地下鉄、私鉄、在来線と乗り継いだ。合計で四回、乗り換えた。橋本を過ぎたあたりから、山が近くなった。笠田という駅で降りた。無人駅だった。宿の送迎車が、時間通りに来た。予約制で、当日には頼めないという。段取りを要求する宿だった。

車で十五分、山を上った。天野という盆地に、突然、開けた場所が現れた。田んぼと、神社の森が見えた。
新しい木
宿は、コテージが四棟に分かれていた。案内された部屋は、木の香りが強かった。新しい木の匂いだった。古民家を移築した由布院や鹿児島の宿とは、違う匂いだった。
新しい木の匂いを嗅いで、由紀のことを思い出した。彼女は、新しい机を買ったとき、表面を手のひらで何度もこすっていた。早く古くしたい、と言っていた。早く古くする、という言い方の意味を、私はそのとき聞かなかった。聞けば、説明が返ってくる。説明が返ってくれば、私はそれを分析してしまう。分析すれば、彼女がこすっていた手の動きだけが、消える。だから聞かなかった。
この部屋の木も、いずれ古びる。古びるまでの時間を、私は待たない。今日、一晩だけここにいる。
貸切の湯
貸切の風呂に入った。温泉ではないと、案内に明記されていた。加温された、ただの湯だという。温泉でないことを隠さずに書く宿は、多くない。隠さない理由を、掲示は説明していなかった。説明がないことに、以前なら不安を感じた。今日は、感じなかった。

湯に浸かりながら、神社のことを考えた。千年以上、同じ場所にある。宿は、今年で四年目だという。時間の長さが違いすぎる二つのものが、同じ土地にある。違いすぎることを、比較する必要はない。比較しない、という選択を、私は初めて自分から選んだ気がする。
十四語目
夕食は創作和フレンチだった。熊野牛のコースがあった。地元の食材の名前が、皿ごとに添えられていた。フランスの技法と、和食の食材。これも、組み合わせだった。組み合わせを、もう分類しようとしなかった。
夜、手帳を開いた。名前のないページを見た。十三の項目の下に、何か書こうとした。「新しい木の匂い」と書きかけて、やめた。書きかけて、やめること自体は、以前もあった。今回は、やめた理由が分かっている。急がなくていい、と思ったからだ。
数えなかった
朝、もう一度貸切の湯に入った。夜より、湯の温度が低く感じた。
笠田駅まで送迎車で戻り、在来線、私鉄、地下鉄、新幹線と乗り継いで、東京へ戻った。
車内で、手帳を開いた。「新しい木の匂い」は、まだ書いていなかった。書くかどうかを、今日も決めなかった。決めなかったことに、以前は落ち着かなさがあった。今回は、なかった。
十四語目を、数えなかった。数えなかったことに、家に着いてから気づいた。
