宿と小説の読みもの、余白
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部屋タイプを、選ばなくていい宿がある。

話は、夜中に湯気で曇った戸を引くところから始めます。部屋に湯のある宿を探す人は、部屋タイプの一覧を上から下まで読むことになります。どれに露天が付き、どれには内風呂だけがあり、どれには何も付かないのか。その読み比べが、予約のたびに要ります。

全室に付いている宿では、それが要りません。空いている部屋を取れば、湯のほうは付いてきます。

ただし、揃っているのは部屋の側です。

加温か加水があると書かれている

湯は温泉です。そのまま流しているのではなく、温度や量を調整して使っています。

強羅花扇は全20室の露天が加水、あかん鶴雅別荘 鄙の座は全25室のスイートに露天が付いてかけ流しの欄が×、季さら別邸 刻は冷鉱泉の加温、はなれ宿 善積は加温と加水の両方です。

八軒はどれも全室に湯が付いていて、そこが同じであるために、並べたときに差として残るのは湯のほうにしかありません。源泉かけ流しと書かれた湯と、冷鉱泉を加温して使う湯と、そもそも温泉ではないと予約ページが書いている湯が、全室に付くという同じ一行の下に並んでいます。

大浴場には時刻があります。混む時間、男女が入れ替わる時間、清掃で閉まる時間、夕食の前か後か。同じ宿にいる全員が、その時刻を共有しています。部屋に湯があると、その共有から外れます。

この軸で選ぶと変わるのは、贅沢さではありません。入る時刻を、誰にも合わせなくてよくなることです。寝る前にもう一度、と思ったときに入れます。それだけのことが、一晩の長さを変えます。価格帯にも地域にも評点にも出てこないのは、それが設備ではなく、時間の使い方だからです。

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分けたのは、客室の湯について予約ページに何と書いてあるかです。

客室の湯が、温泉ではないと書かれている

部屋には湯が付きます。その湯が温泉かというと、予約ページと調査記録は違うと書いています。

源泉かけ流しと書かれている

客室の湯そのものに、かけ流しの記載があります。忘れの里 雅叙苑は客室内の温泉風呂が全室100%源泉かけ流しで、大浴場2か所と貸切風呂3か所も源泉100%だと予約ページにあります。小天狗さんろじは全8室に専用の露天風呂と専用の庭が付き、その露天が源泉かけ流しです。

誰の時刻にも合わせなかった夜

季さら別邸 刻の湯は、冷鉱泉を加温しています。かけ流しではないと宿が書いていて、隠していません。ここへ来た大輔の記録は、その二行を三回読むところから始まります。去年の彼なら候補から外していた。かけ流しでないなら質が落ちる、落ちるものに金を払うのは非効率である——そう判断していた人が、加温という工程のほうを見にきます。そして帰りに、送ってから、返信が来るまでの時間を、測らなかったと書きます。測らなかったのは湯ではなく、自分の一日です。

はなれ宿 善積は六棟しかありません。有希の記録は、母の四十九日が済んだところから始まります。親族が十四人来て、兄が仕切って、彼女は受付をした。手順が決まっているものが、あの日はありがたかった、と書いてあります。その人が六つのうちのひとつに入り、六つのうちのひとつにいて、残りの五つを知らないままでいられると気づきます。部屋に湯があるというのは、残りの五つを知らずに済むということでもあります。

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向かないとき

「露天風呂付き客室」と「温泉」は、別のことです。山荘 天の里の客室の半露天風呂は温泉ではない普通の湯で、この宿で温泉として入れるのは貸切風呂3か所だけであり、そちらも加温で、かけ流しではありません。部屋の湯に浸かる夜と、温泉に浸かる夜の両方を一晩のうちに置きたいなら、部屋の戸を閉めて、履物を突っかけて貸切風呂のほうまで歩くことになります。

海の旅亭 おきなわ名嘉真荘は、宿の案内の温泉の欄が「温泉ではない」になっている一方で、温泉かどうかは未確認だとする記述も別に残っていて、二つが食い違っています。どちらが正しいかは決められないので、両方あることを書きます。

源泉かけ流しと書かれている二軒では、その二軒で湯に肩まで沈んでちょうどよいと感じるその温度は、湧いたままの温度ではありません。源泉かけ流しであることと、加温も加水もしないことは、同じではありません。

山荘 天の里は四つの部屋タイプすべてに室内の湯があります。ただしモデレートだけは半露天ではなく屋内の風呂で、広さも42.5平米と最も小さくなります。

料金も設備も変わります。ここに並ぶのは掲載ページと調査記録に書かれていたもので、現地で違っていることはあります。

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部屋の湯は、条件を足すと別の八軒になります。建物の古さを足すなら古い建物に、部屋の湯がある宿、部屋を選んで取る側から見るなら部屋を選んで、湯を取る宿があります。

時刻の付かない湯

強羅花扇の大浴場は05:00から24:00までで、そのうち10:00から15:00は使用できません。館内の湯には開く時刻と閉まる時刻があるので、何時なら入れて何時からは入れないかは、荷を解く前どころか、家を出る前から決まっています。

部屋の湯には、それがありません。

夜中に一度、湯気で曇った戸を引いて入り、明け方に冷えた縁へ足を掛けてもう一度入る。その二度のあいだが何時間だったかは、どこにも書かれません。

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