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初校の朝
朝の九時に、赤鉛筆を三本削る。フリーの校正者になって三年、机に向かう前の手順でこれだけは変わらない。三本に根拠はない。編集部にいたころ、私の鉛筆はいつも誰かに二本借りられていたから、自分の机には三本置くと決めた。理由はそれだけで、つまり、理由と呼べるほどのものではない。
机の上には、明日納品の初校が一束。健康食品の通販カタログ、四十八ページ。ページ単価で受けていて、時給に直せば悪くない。悪くない、は言い過ぎだ。断る理由が見つからない、が正確だと思う。
先月、いちばん量をくれる取引先から、丁寧なメールが来た。一次チェックは自動化ツールに通すことにしたので、今後は最終の確認だけをお願いしたい、という文面だった。文面に誤字はひとつもなく、新しい単価の数字だけが、前より小さかった。承知しました、と返すのに十五分かかった。文面をふた通り作って、短いほうを送った。
通販カタログの初校は、つるりとした薄い紙で、赤鉛筆の芯が滑る。雑誌のゲラは、もう少し歯のある紙だった。紙の歯、という言い方は編集部で教わったもので、正しい用語かどうかは知らない。ただ、紙を撫でると指が先に思い出す。
書棚のいちばん手前には、私が最後に作った号が挿してある。背表紙には特別号とだけあって、休刊という言葉はどこにもない。級数表は当時のまま使っている。透明な定規の縁は指の脂で薄く曇っていて、拭けば取れるのだろうが、拭いていない。
今週は、来た依頼が三件、受けたのが二件。単価と締切を並べたら残るものが残った、というだけで、選んだと言えるほどの幅はない。それでも選り分けるたび、選ばれなかった側に立っていた春のことを思い出しかける。編集部が畳まれて、残る人の名簿に私の名がなかった春だ。思い出しかけたところで、月の稼働を足し算する。手取りは編集部の最後の年より上、と数字が出る。数字はいつも味方をしてくれる。気がつくと、初校の束の角を指の腹で撫でて、揃っているものを、さらに揃えていた。
宿の予約は十日前に済ませてあった。締切と締切のあいだに平日がふたつ空いて——空いた、ではなく、空けた、だ——候補をふたつまで絞り、初校と再校を見比べる要領で突き合わせてから、箱根の、強羅からさらにケーブルカーで登った先の宿を選んだ。部屋の風呂で全部が済むこと。それから、乗り換えが多いこと。乗り換えの数だけ、遠くへ行ける気がした。チェックインは十五時から十八時までと決まっている。締切のある宿だと思うと、かえって気が楽だった。
右目の下の瞼が、夕方になるとたまに震える。調べれば名前の付きそうな症状だが、調べていない。昼は前の晩の残りで済ませた。財布のためというより、選ぶことをひとつ減らすためだ。
三度、言い直す電車
四十八ページを納品した翌朝、東京駅にいた。売店で、飲まないと分かっている緑茶を一本買った。旅の初めに何かひとつ買わないと、鞄の中が仕事のままな気がする。こだまで小田原まで約三十五分。念のため、と入れてきた次の仕事の資料を座席で出しかけて、戻した。窓の外は速すぎて、見出しの付けようがない。
小田原で箱根登山鉄道に乗り換えて、箱根湯本まで約十五分。ホームに降りると、光がビルではなく、山の斜面に一度当たってから届いていた。
箱根湯本、標高九十六メートル。ここで小さな車両に乗り換える。八十パーミルという勾配は、数字で聞くより、床の傾きとして分かった。
向かいの席に、山歩きの装いの老夫婦がいた。ふたりとも同じ角度で窓の緑を見ていて、顔が、よく似ていた。
出山信号場で電車が止まり、いま来た向きへ走り出した。進行方向の反転。ゲラの上で文字の前後を入れ替えるとき、私は線を引いて、くるりと回す。あの記号を、山の中で車両ごと引かれている。大平台駅で二度目、上大平台信号場で三度目。三度も言い直しながら登っていく乗り物に、私は初めて乗った。言い直すたび、さっきまで背中側にあった緑が正面へ来て、緑は一段ずつ濃くなった。今年の葉の黄緑と、去年からの深緑。見出しを付けるなら、と考えかけて、色数が多すぎてやめた。
途中の駅で降りていく人たちの顔は、乗ったときより少しゆるんでいた。箱根湯本から約四十分で強羅に着く。標高五百四十一メートル。
早雲山、十六時
強羅からはケーブルカーで、早雲山まで約十分。床が階段状に切ってあって、座るというより、斜面ごと運ばれる。この乗り物の中で、急いでいる人をひとりも見なかった。
早雲山で降りると、吸い込んだ息の、喉の奥が冷えた。五月の半ばでも、山の上の夕方は上着が要る。葉の若い匂いの奥に、冷えた土の匂いがあった。
宿は駅のそばで、入口から専用のエレベーターが直結している。坂を歩かせない宿というのは、紙の束を抱えて生きてきた人間への、正しい設計だと思う。
帳場で名乗ると、十六時を少し過ぎていた。全二十室、全室に露天風呂、全館禁煙。予約の画面で確かめた事実が、誰ともすれ違わない廊下の静けさとして、実物になっていた。部屋には飛騨の木工家具が置かれていて、磨かれた面を指でなぞると、厚手の上質紙のような乾いた滑らかさがある。木目のどこにも、引っかかりがない。窓の外はテラスで、その先に、この部屋だけの湯があった。
卓の上の案内書きを、癖で最後まで読んだ。読み終えて、直すところがない、と思ってから、直す立場でもないのだと気づいた。解くほどの荷物もなくて、窓の前の椅子に、しばらくただ座った。座る、という予定のない動作を、ずいぶん久しぶりにした気がする。
個室の膳と、夜の湯
夕食は個室に用意された。案内される途中、仕切りの隙間に、ひとりで膳に向かう男の人が見えた。箸を取る前に、手帳へ短く何かを書き付けている。仕事の匂いのする書き方だった。
月替りの会席は、一皿ずつ来た。膳の脇の品書きに、癖で目が走る。誤植はなく、探すもののない目は、思いのほか手持ち無沙汰だった。皿は、私が何もしなくても次が来る。仕上げなくていい紙面を眺めているようで、三皿目からは、皿と皿の間を測るのをやめていた。運んでくれる人は、皿の名を短く言って、長くは留まらなかった。ちょうどいい長さだった。ちょうどいい、を測るのが仕事の人なのだと思う。
部屋に戻って、露天の湯に入った。公式の表記では重曹泉という。夜の山上の空気は東京の三月ほどに冷えて、湯気が首のあたりで白くほどけた。中指のペンだこが、湯の中でふやけて白くなっていく。来月の稼働を数えはじめて、湯の中で、途中までで止まった。やめた、というより、続きを忘れた。手すりの向こうは黒く、葉擦れの音だけが、誰かがゆっくりページを繰るような速さで続いていた。

再校
朝の湯は、夜より湯気が立った。冷えた空気が湯面から白いものを立ち上げて、その向こうで、緑は昨日より段数が多かった。テラスの手すりに手を置くと、金属は夜の温度をまだ残していた。
チェックアウトをして、エレベーターで駅へ、ケーブルカーで強羅へ下りた。帰りの登山電車も、同じ場所で三度、言い直した。言い直すたびに緑が薄くなり、屋根と電線が増えた。小田原からこだまに乗り、行きに出せなかった資料を開いた。開いた、というより、開けた。鞄の底では、東京駅の緑茶が未開封のまま冷えていた。
家の郵便受けには、次のゲラが届いていた。添え状の単価は、先月と同じ数字だった。同じであることに安堵して、安堵、という語にだけは、赤字を入れずにおいた。
机に向かい、赤鉛筆を三本削る。三本目を削り終えたとき、机の縁に、薄い木の屑が丸まって落ちた。今日は、それをすぐには払わなかった。
