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通した一行
自動化ツールが返してきたファイルには、赤が一つも入っていなかった。
健康食品の広告原稿、七ページ。私の仕事は、ツールが通したものを最後にもう一度見ることだ。順序としては最後だが、工程としては、いちばん薄い。
三ページ目の中ほどに、一行あった。誤字ではない。表記の揺れでもない。ただ、その言い方だと、書いていないことまで読めてしまう、という種類の一行だった。編集部にいたころなら、鉛筆で薄く傍線を引いて、余白に「ここ、取れます」と書いた。取れます、というのは、そう読めてしまいます、という意味の符牒だった。
指摘の欄に、カーソルを置いた。置いたまま、しばらくいた。
私が指摘を入れると、先方は法務に回す。法務は書き手に戻す。書き手は直す。三日から五日かかる。それは前の単価のときの話で、いまの単価には、その三日から五日が入っていない。
結局、通した。通した、というのは、何もしなかったということだ。
納品の返信は九分で来た。ありがとうございます、助かります、と書いてあった。誤字はひとつもなかった。
その夜、宿を探した。条件をひとつだけ決めた。部屋に風呂がないこと。
理由は、自分でもまだ言葉にできない。言葉にできないものを、乗換の回数と所要時間で正当化した。東京から六時間、乗換三度。それだけ遠ければ、決めた理由を思い出さずに済む。
今月の稼働を足し算した。数字は足りている。数字はいつも足りている。気がつくと、机の隅の、削っていない赤鉛筆の木口を、親指の腹で撫でていた。
乗り物が小さくなる
京都までは、速い。窓の外に見出しの付けようがない、あの速さだ。
京都で特急に乗り換えると、車両が一段小さくなった。スーパーはくと。鳥取まで約三時間。名前に速さが入っているわりに、線路は山へ入っていく。
トンネルを抜けるたび、車内の音の高さが変わる。抜けた側の光が、前より少しずつ黄色い。八月の終わりの、まだ夏だが夏の底ではない色だった。
前の席の男性が、文庫を読んでいた。指が、ページの下三分の一のあたりを、繰り返しなぞっている。読んでいるのではなく、同じ行に戻っているのだと思った。人の顔色はよく見るほうだが、その日は指ばかり見ていた。
鳥取で山陰本線に乗り換える。二両。約二十分。ここで初めて、海が出た。日本海は、白い波の帯が三本くらい、規則正しく並んでいて、その規則正しさが、かえって人の手の入っていないもののように見えた。

岩美駅で降りると、バスの時刻が壁に貼ってあった。一日のうち、指で数えられる。私は自分の乗る便を、上から二度なぞって確かめた。校正の癖だ。二度なぞって、それでもまだ信じきれない。
バスは十分ほどで、山あいへ入った。降りて、一分も歩かないうちに、建物が正面にあった。木造の三階建てで、正面から見上げると、屋根の線が空に対してわずかに傾いでいる。古いということが、傾きとして見えた。
風呂のない部屋
通された部屋には、風呂がなかった。
分かって選んだのに、荷を置いたとき、少しだけ手持ち無沙汰になった。部屋の中で完結しない、ということは、支度をして、廊下を歩き、他人のいるかもしれない場所へ行く、ということだ。
湯は、内湯が三つと、男女で入れ替わる露天がひとつ。源泉かけ流し。四十七度六分の湯が、そのまま落ちてくる。
湯船の縁に手をかけて、しばらく音を聞いていた。湯の落ちる音は、一定のようでいて、一定ではない。一定でないほうが、耳が慣れない。慣れないでいるうちに、時間が減らないことに気がついた。

湯から上がって、廊下を戻る途中で、階段の踊り場に男がひとりいた。窓を背にして、手帳に何か書いていた。書いては止まり、また書く。旅先で仕事をしている人の姿勢ではなく、旅先で仕事の匂いだけを連れている人の姿勢だった。すれ違うとき、その人は顔を上げなかった。
夕食は、部屋で出た。季節の会席で、品数の運びが、急がない。
食べながら、昼間の一行のことを考えた。あの一行は、いまごろ印刷に回っている。私が通したから、通っている。
指摘を入れなかった理由を、私はもう一度、単価と工数で並べ直してみた。並べ直すと、たしかに筋が通る。筋が通るのに、箸を置く手が、少し遅れた。
直さなかった一行は、直した一行より長く手元に残る。
夜と、朝
夜中に一度、目が覚めた。木造の建物は、人がいなくても音がする。どこかで戸が鳴り、しばらくして、また鳴った。風だと思うことにした。
もう一度、湯へ行った。誰もいない。湯の音だけが、昼と同じ調子で続いていた。昼と同じ、というのが少し可笑しかった。私が寝ていたあいだも、この湯はずっと、この速さで落ちていたのだ。誰も聞いていない時間も、落ちる音は手を抜かない。
朝、十時に出る決まりだった。締切のある宿だ。支度をして廊下を歩き、階段を下りると、踊り場にもう人はいなかった。帳場で精算をして外へ出ると、日差しはもう夏のものではない。バス停まで一分。時刻表を、また上から二度なぞった。二度なぞる癖は、直っていない。
帰りの列車で、鞄から次の初校を出した。出して、膝に置いたまま、しばらく窓を見ていた。海の白い帯が、来たときと同じ本数だけ並んでいる。
初校は、開かなかった。かわりに、昨日納品した健康食品のファイルを、もう一度開いた。三ページ目の、あの一行。指摘の欄に、今度はカーソルを置いたままにしなかった。「ここ、取れます」——編集部のころの符牒のまま、一行だけ書いて、送った。この一行は、いまの単価には入っていない。先方が直すかどうかも分からないし、印刷はもう止まらないかもしれない。それでも、送った。
湯は、私が見ていないあいだも落ちていた。理由は、それで足りることにした。
