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RECORD № 012

供給のない建物

他人の物語を燃料にして、自分の予定表の空白とどう向き合うか

生活のほとんどを推しに注いでいる。遠征と配信で予定表は埋まり、空白の予定を「もったいない」と感じる。他人の物語を燃料にして走り続ける日々の先に何があるのか、本人はまだ考えないことにしている。

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現場の翌日

名古屋二日目の終演が二十時十四分。物販で並んで、ホテルに戻ったのが二十二時半。

風呂に入る前にスマホを見た。ライブレポのタグが伸びていて、俺と同じ日に同じ箱にいた人間が、俺の見なかった角度の写真を上げていた。上手側の三列目。そこからだとあの照明がああ見えるのか。保存した。

今回の遠征は二日で、有給を一日と土曜を使った。交通費と宿とチケットと物販で、ざっと現場二回ぶん。いや、二回半。数えたところで別に減らない。減らないが、数えないと落ち着かない。

帰りの新幹線を取っていなかった。取っていない、というのは正確じゃない。取らなかった。

去年から、遠征の最終日に予定を入れないようにしている。入れると、終演から逆算して動くことになる。逆算しているあいだ、まだ現場にいるのに現場が終わっていく。

ホテルのベッドで、地図を開いた。名古屋から特急が一本で行けるところ。飛騨川を遡っていく線が一本あって、その途中に下呂と書いてあった。

宿を探した。上から三つ目に、昭和六年創業と書いてある宿があった。写真の建物が、木造の三階建てだった。

料金を見た。現場一回ぶんよりは高い。物販でセットを一式買うのと、だいたい同じ。

後悔はしてない。まだ何もしてないから、後悔しようがない。予約を押した。

ひだ、一時間二十七分

翌朝の名古屋駅は、昨日の夜と同じ場所とは思えないくらい静かだった。

特急ワイドビューひだ。名前に何かを主張してくる感じがあるが、乗ると普通の特急だった。下呂まで一時間二十七分。

飛騨川が、ずっと右にいた。ときどき左に来た。橋を渡ったからだと後で気づいた。

水の色が、上流に行くほど白っぽくなる。濁ってるんじゃなくて、白い。石が白いのかもしれない。石の名前は分からない。

画像はイメージです

通知が三回来た。三回とも見た。三回目のあと、機内モードにした。機内じゃないけど。

窓の外は、山と川と、たまに家。家は、屋根の勾配がどれもきつい。雪が落ちるようにしてあるんだと思う。思うだけで、調べていない。調べたら、たぶん見るのをやめる。

下呂駅に着くと、宿の送迎の車が停まっていた。十三時三十五分から十七時二十五分のあいだ、と予約のときに書いてあった。時間が決まっている送迎に乗るのは、少し現場に似ている。

車は温泉街を抜けて、坂を上がった。上がりきったところで停まった。

九十五年

建物を、下から見上げた。

木造の三階建て。玄関の棟と、渡り廊下と、宿泊棟。二〇一〇年に国の登録有形文化財になっている、と案内に書いてあった。

昭和六年。西暦で言うと一九三一年。俺が生まれるより六十年くらい前。

敷地が五万坪あるらしい。五万坪がどれくらいか分からないので、歩いてみた。歩いても分からなかった。分かったのは、建物と建物のあいだが遠いということだけだった。別館があって、洋館があって、景山荘というのがあって、それぞれ離れて建っている。

部屋は四十室あるという。四十室ぶんの人間がこの敷地のどこかにいるはずなのに、渡り廊下で二人しかすれ違わなかった。

階段が木でできていて、上ると鳴った。鳴る場所が決まっている。三段目と、七段目。二回目に上ったときも同じところが鳴った。

これは誰の供給でもないな、と思った。

推しが立つステージには、俺のために組まれた部分がある。少なくとも、俺を含む誰かのために組まれている。この建物は違う。九十五年、ただ建っている。俺が来ても来なくても、鳴る段は鳴っていた。

誰の供給でもないものが、九十五年ぶんそこに建っていた。

部屋の膳と、足湯

画像はイメージです

夕食は部屋に運ばれてきた。

俺の前に膳が置かれて、俺しかいない。物販の列も、Xのタイムラインも、隣の席の人の反応もない。うまいと思ったとき、それを言う相手がいなかった。

食べ終わって、外に出た。足湯があった。

ベンチに座って、足だけ湯に入れた。湯は熱くて、足首から下だけが別の生き物みたいになった。

少し離れたところに、男がひとりいた。同じように足だけ湯に入れて、膝の上で手帳に何か書いていた。書いては止まる。止まっているあいだ、湯を見ていた。

俺も湯を見た。

スマホを出して、ロックを解いて、何も開かずにポケットに戻した。それを二回やった。三回目はやらなかった。

鳴る段

チェックアウトは十一時だった。朝、もう一度あの階段を上ると、三段目と七段目が鳴った。二日目でも、同じところが鳴る。当たり前だが、その当たり前が、少し嬉しかった。俺が二回上ろうが百回上ろうが、鳴る段は鳴る。誰のためでもなく、ただ鳴る。

送迎の車で駅まで下りて、ひだに乗った。飛騨川は、今度はずっと左にいた。行きと逆だから当然で、その当然に気づくのに、少し時間がかかった。

名古屋で乗り換える前にスマホを見ると、次の現場の先行抽選が、今夜二十三時締切だった。申し込んだ。指は、速かった。そこは、変わらない。

東京まで一時間三十七分。座席に着いて、今回の遠征の合計を計算しようとして、途中でやめた。数えても減らないのは、前から知っている。知っていて、それでもずっと数えてきた。今日はじめて、途中でやめた。窓の外は速すぎて、何も見えなかった。

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Field Notes

下呂温泉 湯之島館

Overview

岐阜県
Region
岐阜県下呂市湯之島(下呂温泉)
Access
東京駅から東海道新幹線のぞみで名古屋へ約1時間37分(ひかりなら約1時間48分)、名古屋からJR高山本線の特急ワイドビューひだで下呂駅へ約1時間27分。下呂駅から宿の無料シャトル送迎(13:35〜17:25・要予約)、またはタクシー約5分。名古屋・大阪からは特急一本(大阪から約3時間24分)
Price
中〜高価格帯(2名税込 朝食付40,750円〜、夕朝食付54,488円〜)

Facility

Room
全40室。本館・別館・洋館(娯楽棟)・景山荘で構成
Meal
部屋食

宿タイプ

  • 温泉旅館
  • 文化財の宿
  • 老舗宿
  • 高台の宿

向いている人間

  • 昭和6年築・木造三階建ての登録有形文化財に泊まりたい人
  • 敷地が広く建物が分かれた、密度の低い滞在を求める人
  • 朝夕とも部屋で食事を取りたい人
  • 名古屋から特急一本で行ける遠出を探している人

向いていない人間

  • 温泉街を歩いて楽しみたい人(中心部から離れた高台にある)
  • 18時までにチェックインできない人
  • 送迎の時間帯(13:35〜17:25)に下呂駅へ着けない人

予約前の注意事項

チェックインは15:00〜18:00、チェックアウトは11:00。下呂駅からの無料送迎は13:35〜17:25で要予約。遅れる場合はタクシー(約5分)。一人泊の可否は公式・予約サイトとも明記がないため、予約前に宿へ確認が必要。料金は変動する。