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断った日
三件目を断った。理由は書かなかった。以前は書いていた——スケジュールの都合、と。嘘ではないが、正確でもなかった。断り方の文面は、年々短くなる。トルツメを重ねた結果みたいに。先方からは、また機会があれば、と返ってきた。三十四文字だった。数えたわけではない。数えられる長さだった、というだけ。
口座を見た。去年の同じ月の、半分。半分でも、暮らせる。暮らせているから、暮らせる。わたしは、憶えていられる分だけあればいい、と思ってきた。仕事も、持ち物も、人も。その原理でずっとやってきて、原理には反しないまま、口座は細っていく。
その晩、宿を予約した。一泊で、六万円台。原理には、反する。反したことを、わたしは誰にも言わなかった。
東荒屋
金沢まで新幹線、駅からバスに乗った。市街を出るまでが長い。信号のたびに、車内の誰かの荷物が鳴った。三十分ほどで、東荒屋という停留所に着いた。終点ではない。降りたのは、わたしだけだった。
そこから八分歩く、と書いてあった。歩きはじめて二分ほどで、音が減った。減ったというより、種類が変わった。車の音がなくなって、代わりに、水の音がどこかにあった。道の脇に、稲が立っている。八月の終わりで、まだ青い。青の濃さが、株ごとに少しずつ違った。均されていない。均されていないものを見るのが、久しぶりだった。八分は、思ったより長く、長いことに、腹が立たなかった。
三組

古民家だった。築二百年と聞いていた。柱が、まっすぐではない。まっすぐに見えるが、目で追うと、途中で気が変わったように曲がっている。その曲がりを、誰も直していない。
部屋は三つで、その日は三組。三組いるはずなのに、着いてから夕食まで、誰にも会わなかった。湯は部屋についていて、他の人と共有しない。入って、しばらくして気づいた。ここでは、誰にも見られない。見られないことに気づく、ということは、いつも見られていると思っている、ということだ。そう気づいたことを、わたしは、それ以上は考えなかった。
夕食は薪火だった。十品出た。火の音が、皿の合間に聞こえる。膳を運んできた人が、一度だけ、外を見てください、と言った。見ると、山の輪郭が、まだかろうじて空と分かれていた。分かれ目のところだけ、色が薄い。
夜、湯
夜中に、もう一度湯へ入った。温泉が敷地の中から湧いていて、湧く音がする、と聞いた。耳を澄ませたが、わたしには分からない。分からないまま、湯に浸かっていた。
わたしの仕事は、余白を決めることだ。どれだけ空けるか。空けすぎると散る。詰めすぎると息が止まる。この二十年、詰めるほうが安全だと思ってきた。詰めておけば、少なくとも足りないとは言われない。湯の中で、手足を伸ばした。詰めなくていい、と誰にも言われないまま、詰めるのをやめた。

余白
チェックアウトは十時だった。来た道を八分歩いて戻ると、行きと同じ稲が、行きと同じ青さで立っていた。バス停の時刻表を見ると、次の便まで十七分あった。十七分、ベンチに座っていた。スマホは出さなかった。十七分ぶんの余白を、詰めずに、そのまま置いた。
バスが来て、乗った。市街に近づくにつれ信号が増え、増えるたび、車内が少しずつ賑やかになった。金沢駅のホームで新幹線を待つあいだ、少し離れて男がひとり、黒い手帳に何か書いていた。書いては、間を置いて、また書く。その間の取り方が、詰まっていない。空けすぎてもいない。わたしはつい、その余白を目で測って、それから、測るのをやめた。
新幹線の指定は、二本あとの便に取り直してあった。理由は、書かなかった。
