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断った日
三件目を断った。理由は書かなかった。以前は書いていた——スケジュールの都合、と。嘘ではないが、正確でもなかった。断り方の文面は、年々短くなる。トルツメを重ねた結果みたいに。
依頼は、十二年つきあった会社から来た。宛名の下の名前を、わたしは知らない。窓口だった人は去年、事業部ごと動いた。挨拶は無かった。件名には、トンマナを合わせるだけで結構です、とあった。合わせる先の三案は添付されていなかった。それも聞かなかった。
下書きのまま、二時間置いた。置いているあいだ、右の肩が上がっていた。下げてから、送った。また機会があれば、と返ってきた。三十四文字だった。数えたわけではない。数えられる長さだった、というだけ。
予定表の今月は、白いところが半分を超えている。白を余白と呼ぶのは、わたしの仕事の言葉だ。自分の月に付いた白は、余白には読めなかった。詰め忘れに見えた。口座は、去年の同じ月の半分。憶えていられる分だけあればいい、と思ってやってきて、その通りにしていると、細る。
その晩、宿を予約した。一日三組しか取らない宿で、一泊六万円台。空いていることに、値段が付いている。原理には、反する。
東荒屋
金沢まで新幹線、駅からバスに乗った。市街を出るまでが長い。信号のたびに、車内の誰かの荷物が鳴った。三十分ほどで、東荒屋という停留所に着いた。終点ではない。降りたのは、わたしだけだった。
そこから八分歩く、と書いてあった。歩きはじめて二分ほどで、音が減った。減ったというより、種類が変わった。車の音がなくなって、代わりに、水の音がどこかにあった。道の脇に、稲が立っている。八月の終わりで、まだ青い。青の濃さが、株ごとに少しずつ違った。八分は、思ったより長く、長いことに、腹が立たなかった。
三組

古民家だった。築二百年と聞いていた。柱が、まっすぐではない。まっすぐに見えるが、目で追うと、途中で気が変わったように曲がっている。 帳場で、宿帳に名前と住所を書いた。書き終えると、この欄もよろしければ、と言われた。ご滞在の目的、と印字してある。下に線が三本引いてあって、三行ぶんの空きがある。
仕事、でも、旅行、でもない。断ったから来た、とは書けない。わたしは三行を見ていた。
宿の人は、書かなくても結構です、と言った。
一行目の頭に、点を一つ打った。それだけ残して、宿帳を返した。
部屋は三つで、その日は三組。三組いるはずなのに、着いてから夕食まで、誰にも会わなかった。湯は部屋についていて、他の人と共有しない。入って、しばらくして、肩から力が抜けた。ここでは、誰にも見られない。見られていないと気づくのに、湯に浸かってから十分かかった。
夕食へ下りる途中、突き当たりの部屋の前に、履物が一足だけ揃えてあった。爪先は、部屋のほうを向いていた。わたしはその向きを、通り過ぎてからもう一度見た。
夕食は薪火だった。火の音が、皿の合間に聞こえる。膳を運んできた人が、一度だけ、外を見てください、と言った。見ると、山の輪郭が、まだかろうじて空と分かれていた。分かれ目のところだけ、色が薄い。
夜、湯
夜中に、もう一度湯へ入った。温泉が敷地の中から湧いていて、湧く音がする、と聞いた。耳を澄ませたが、わたしには分からない。分からないまま、湯に浸かっていた。
この二十年、詰めるほうが安全だと思ってきた。詰めておけば、少なくとも足りないとは言われない。湯の中で、手足を伸ばした。伸ばしきったところで、指の先が縁に触れた。触れたまま、しばらく戻さなかった。

余白
チェックアウトは十時だった。来た道を八分歩いて戻ると、行きと同じ稲が、行きと同じ青さで立っていた。バス停の時刻表を見ると、次の便まで十七分あった。十七分、ベンチに座っていた。スマホは出さなかった。十七分ぶんの余白を、詰めずに、そのまま置いた。
バスが来て、乗った。市街に近づくにつれ信号が増え、増えるたび、車内が少しずつ賑やかになった。新幹線の指定は、二本あとの便に取り直した。
待つあいだに、三十四文字の返信を開いた。一行だけ返した。次の号なら、と書いた。送るとき、右の肩の位置を確かめた。
