ABOUT
RECORD № 013

三組しかない日の、余白

評価の圏外で、自分の容量に合った暮らしを決めること

経歴と容姿で値踏みされ続けてきた。いまは付き合いを絞り、年賀状を五枚だけ書く。紅葉は撮らない。「憶えていられる分だけで足りる」と言う。少なさを欠乏ではなく設計として生きている人。

志乃という語り手について →

本記事はアフィリエイト広告(一休.com)を利用しています。

断った日

三件目を断った。理由は書かなかった。以前は書いていた——スケジュールの都合、と。嘘ではないが、正確でもなかった。断り方の文面は、年々短くなる。トルツメを重ねた結果みたいに。先方からは、また機会があれば、と返ってきた。三十四文字だった。数えたわけではない。数えられる長さだった、というだけ。

口座を見た。去年の同じ月の、半分。半分でも、暮らせる。暮らせているから、暮らせる。わたしは、憶えていられる分だけあればいい、と思ってきた。仕事も、持ち物も、人も。その原理でずっとやってきて、原理には反しないまま、口座は細っていく。

その晩、宿を予約した。一泊で、六万円台。原理には、反する。反したことを、わたしは誰にも言わなかった。

東荒屋

金沢まで新幹線、駅からバスに乗った。市街を出るまでが長い。信号のたびに、車内の誰かの荷物が鳴った。三十分ほどで、東荒屋という停留所に着いた。終点ではない。降りたのは、わたしだけだった。

そこから八分歩く、と書いてあった。歩きはじめて二分ほどで、音が減った。減ったというより、種類が変わった。車の音がなくなって、代わりに、水の音がどこかにあった。道の脇に、稲が立っている。八月の終わりで、まだ青い。青の濃さが、株ごとに少しずつ違った。均されていない。均されていないものを見るのが、久しぶりだった。八分は、思ったより長く、長いことに、腹が立たなかった。

三組

画像はイメージです

古民家だった。築二百年と聞いていた。柱が、まっすぐではない。まっすぐに見えるが、目で追うと、途中で気が変わったように曲がっている。その曲がりを、誰も直していない。

部屋は三つで、その日は三組。三組いるはずなのに、着いてから夕食まで、誰にも会わなかった。湯は部屋についていて、他の人と共有しない。入って、しばらくして気づいた。ここでは、誰にも見られない。見られないことに気づく、ということは、いつも見られていると思っている、ということだ。そう気づいたことを、わたしは、それ以上は考えなかった。

夕食は薪火だった。十品出た。火の音が、皿の合間に聞こえる。膳を運んできた人が、一度だけ、外を見てください、と言った。見ると、山の輪郭が、まだかろうじて空と分かれていた。分かれ目のところだけ、色が薄い。

夜、湯

夜中に、もう一度湯へ入った。温泉が敷地の中から湧いていて、湧く音がする、と聞いた。耳を澄ませたが、わたしには分からない。分からないまま、湯に浸かっていた。

わたしの仕事は、余白を決めることだ。どれだけ空けるか。空けすぎると散る。詰めすぎると息が止まる。この二十年、詰めるほうが安全だと思ってきた。詰めておけば、少なくとも足りないとは言われない。湯の中で、手足を伸ばした。詰めなくていい、と誰にも言われないまま、詰めるのをやめた。

画像はイメージです

余白

チェックアウトは十時だった。来た道を八分歩いて戻ると、行きと同じ稲が、行きと同じ青さで立っていた。バス停の時刻表を見ると、次の便まで十七分あった。十七分、ベンチに座っていた。スマホは出さなかった。十七分ぶんの余白を、詰めずに、そのまま置いた。

バスが来て、乗った。市街に近づくにつれ信号が増え、増えるたび、車内が少しずつ賑やかになった。金沢駅のホームで新幹線を待つあいだ、少し離れて男がひとり、黒い手帳に何か書いていた。書いては、間を置いて、また書く。その間の取り方が、詰まっていない。空けすぎてもいない。わたしはつい、その余白を目で測って、それから、測るのをやめた。

新幹線の指定は、二本あとの便に取り直してあった。理由は、書かなかった。

この続きに

PR 宿を予約する Onsen & Garden 七菜 別の小説 移された家の、二度目の場所
志乃の記録をすべて見る →

Field Notes

Onsen & Garden 七菜

Overview

石川県
Region
石川県金沢市七曲町(七曲温泉)
Access
東京駅から北陸新幹線で金沢駅へ。金沢駅からバス約30分、「東荒屋」下車徒歩8分。金沢中心部からは車で約20分
Price
高価格帯(夕朝食付2名税込 127,160円〜。1名あたり約6万円台)

Facility

Room
全3室・1日3組限定。欅(70平米・定員1〜4名)/ 栗(60平米・定員1〜3名)/ 山桜(60平米・定員1〜4名)。一棟貸しにも対応
Meal
夕食は薪火調理のフルコース10品。朝食は和食・洋食から選択。かまどで炊いた飯、季節の山菜・キノコ・ジビエ・地元野菜

宿タイプ

  • 古民家の宿
  • 小規模宿
  • 露天風呂付き客室
  • 貸切風呂の宿

向いている人間

  • 1日3組限定の規模で、他の宿泊者と動線が重ならない滞在を求める人
  • 客室付きまたは貸切の露天で、湯を他人と共にしたくない人
  • 築200年の古民家に泊まりたい人
  • 薪火調理やかまどで炊いた飯に関心がある人

向いていない人間

  • 予算を抑えたい人(夕朝食付2名で127,160円〜)
  • 金沢市街の観光と組み合わせたい人(バス30分+徒歩8分)
  • 18時までにチェックインできない人

予約前の注意事項

チェックインは16:00〜18:00、チェックアウトは10:00。最寄りのバス停「東荒屋」から徒歩8分。一人泊は客室の定員上は可能だが、一人泊時の料金は未確認のため予約前に確認が必要。料金は変動する。