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発表
三月十二日の十九時、公式から発表があった。活動休止、期間は未定。俺は会社のトイレでそれを読んで、便座に座ったまま五分いた。タイムラインは早かった。文字が上へ上へ流れて、追いつこうとして、途中でやめた。追いつく意味が、もう分からなかった。
家に帰って、部屋の壁を見た。アクスタが十七体、缶バッジが四十いくつ、ポスターが三枚。前に一度、正確に数えたことがある。いま、その数を思い出せない。七年やった。七年と言えば長そうなのに、七年前の自分がどんなだったかは、うまく思い出せない。推しがいなかった時期の記憶が、薄いのだ。その薄さが、発表の文面よりも怖かった。供給がなくなったとき、俺の生活に何が残るのか——その計算だけは、七年、ずっとしないようにしてきた。
翌週の金曜に有給を取った。行き先は決めていなかった。決めていない、という状態が久しぶりで、かえって落ち着かなかった。決め方が分からないので、いっそ遠いところにした。出雲。飛行機で行って、空港から車で十分の宿。全十室で、離れが古代高床式住居を再現しているらしい。宿代を見て、癖で換算しかけた。空路だから単位は遠征、名古屋の現場なら二回ぶん——と指を折りかけて、止まった。次の遠征が、ない。単位が、発表の日に失効している。換算できない値段を、俺は初めてそのまま払った。
去年の春の現場の円盤は、通しで二十何回か見た。二十三か、二十四か。同じ一日を、何度でも巻き戻せると思っていた。再現された住居に泊まるというのが、どういうことなのか、行ってみないと分からなかった。
出雲
朝の便で発って、搭乗口の売店でボトルのガムを買った。旅先では必ずボトルで買って、必ず余らせる。分かっていて買う。空港から車で十分。十分は短いのに、着いたときにはもう街から離れていた。窓の外は田んぼで、三月だからまだ水は入っていない。乾いた土が、ところどころ割れていた。花粉症の薬を東京の机に置いてきたと気づいたのは着陸してからで、いまのところ鼻は無事だった。

離れに通された。高床式で、柱が地面から床を持ち上げている。段を三つ上る。中は思ったより普通で、というより、ちゃんと泊まれるようになっていた。当たり前だ、泊まる場所なのだから。ただ天井が高く、上のほうは照明が届かずに暗い。俺はその暗がりを、しばらく見上げていた。実物を見た人間がひとりもいない住居を建てるには、柱の太さも床の高さも、残っていない正解を誰かがひとつずつ決めるしかなかったわけで、それは答え合わせのできない履修を最後までやり切るということで、じゃあ俺の七年はと言えば、正解が毎回向こうから供給される、答え合わせだけの履修だったんじゃないか——と、暗がりに向かって急に長く考えて、首が痛くなってやめた。例えが履修から出ないのは、我ながらどうかと思う。
夕方、廊下で客とすれ違った。宿の人ではない、地味な上着の男で、片手に黒い手帳を持って、歩きながら何か書いていた。目は合わなかった。何かの単位で世界を数えている背中に見えて、俺は少しだけ、親近感のようなものを持った。
数えない
夕食は古代食コースにした。古代の食を再現して、いま食べられるようにアレンジしてある、と説明された。再現とアレンジが、両方入っている。出てきたものは、うまかった。うまいと思ったとき、いつもなら反射でスマホを出す。出さなかった。合う語が、なかったからだ。誰に見せるんだ、とも思った。見せる相手は、これまでもいなかった。ただタイムラインに流していただけで、その流す先が、いま少し静かになっている。
部屋に戻ると、発表から九日が経っていた。九日。数えていた。数えないようにしようと思って、結局、数えている。
貸切
貸切の風呂が二つあって、空いているほうに入った。源泉が百パーセントのかけ流しだという。かけ流し、という言葉の意味を、俺は今日まで正確には知らなかった。湯が入ってきて、そのぶん出ていく。溜めない。溜めないから、いま俺が浸かっている湯は、一分前の湯とはもう違う。同じ湯には、二度は入れない。円盤みたいに巻き戻せない湯に、俺は肩まで浸かっていた。出るとき足首に、入ってきたばかりの湯が当たって、そこだけ温度が高かった。指の腹がふやけて皺になるまで、長くいた。

朝の田
翌朝、離れの窓から田を見た。昨日と同じ田なのに、朝は土の色が濃い。夜のあいだに湿ったのだと思う。チェックアウトは十時で、本館と離れで時刻が違うと言われた。空港までの車で、運転手さんが、この辺は四月に水が入るんですよ、と言った。四月に水が入り、それから苗を植える。順番が決まっている。決まった順番があるのは、悪くないと思った。この七年、順番はいつも向こうが決めてくれていた。
飛行機の座席でスマホを開いた。癖で、タイムラインを上へ送る指が動く。九日前より、ずっと静かだった。みんな、それぞれの生活に戻っている。俺は開いたメモに、「四月、出雲、水」と打った。打ってから、その三語が自分でもよく分からなかった。次の遠征を入れる欄に、供給のない予定を、初めて一件だけ入れた。また来るかどうかは、分からない。来て、水の入るだけの田を見て、何になるのかも分からない。分からないまま、消さずに残した。
東京に着いて、電車に乗り換えた。壁のアクスタのことを、少しだけ考えた。数えなかった。数えなかった、というより、今日は数えなくても、平気だった。
