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更新画面
通知が来なくなって、九か月が経った。それでも、課金は続けている。
サブスクの更新は毎月十九日。過去の配信のアーカイブが見られるだけの、それだけのサブスクだ。活動休止中に新しい供給はない。アーカイブは増えない。同じ映像を、俺はもう何度も見た。それでも十九日が来ると、指が勝手に更新ボタンを押している。
先週、同期に聞かれた。まだ払ってんの、あれ。
生活費みたいなもんだから、と俺は即答した。答えてから、その速さに自分で驚いた。考えて答えたんじゃない。もう用意してあった答えだった。
生活費。家賃、光熱費、サブスク。並べてみると、そう並ぶ気がする。並べて安心する自分がいる。
深夜、更新履歴の画面を開いた。九か月ぶんの明細が並んでいる。金額は毎月同じ。同じ金額が九回続くと、それはもう出費というより、体温みたいなものに見えてくる。
新潟に、将棋のタイトル戦が行われる宿があると知ったのは、その履歴を見ていた流れだった。棋聖戦。一手に何時間もかける人たちがいる世界。俺は将棋を知らない。知らないが、同じ盤の前に何時間も座り続けられる集中力というものが、うまく想像できなかった。
宿を取った。江戸時代の庄屋屋敷を本館に使っている、二百八十年の宿だという。
岩室
新潟駅まで、新幹線で二時間。
そこから在来線に乗り換える。越後線。一時間近くかかると出ていた。新幹線の速度に慣れた体で乗ると、在来線はやけにゆっくり進んだ。窓の外は田んぼが続いて、たまに家が挟まる。同じ景色が長く続くのを、俺は久しぶりに見た気がした。
岩室という駅で降りた。無人駅だった。タクシーを呼ぶ電話番号が、駅舎の壁に貼ってある。呼んで、八分待った。

黒湯
門をくぐると、庭があった。手入れされた庭木の向こうに、木造の建物が続いている。江戸時代の庄屋屋敷、と言われても、俺には古い旅館としか見えなかった。見えなかったが、廊下の柱の色を見て、これは新しく塗った色じゃないな、というのだけは分かった。
湯は、黒かった。硫黄と塩分の混じった、この土地でしか出ないという湯らしい。入ると、体の輪郭がゆっくり溶けていくような感触があった。指の先まで、いつもと違う湯の重さがあった。
湯上がり、廊下で男とすれ違った。地味な上着に、片手に黒い手帳。将棋の対局を見に来た客だろうか。歩きながら何か書きつけていて、俺とは目も合わせなかった。何かに集中している背中だった。何に集中しているのかは分からない。分からないまま、通り過ぎた。

対局の間
部屋の床の間に、将棋の駒の写真が飾ってあった。この宿で行われた対局の記念写真らしい。棋聖戦、と札に書いてある。
一局に何時間かかるのか、俺は知らない。知らないが、一手のために長く考える人がいるという事実だけは、その写真から伝わってきた。
俺の推し活は、逆だった。通知が来たら、秒で反応する。チケットの抽選結果、秒で確認する。速さが全てだった。速さを競うことに、疲れたことはなかった。疲れる前に、次の通知が来た。
いま、通知は来ない。九か月、来ていない。それなのに、俺はまだ十九日に更新ボタンを押している。何に向かって押しているのか、写真を見ながら考えて、答えが出なかった。
部屋食
夕食は部屋に来た。品数が多く、一品ごとに名前があった。名前を聞いても、俺には半分も覚えられなかった。
一人で食べた。うまいと思ったとき、いつもなら写真を撮ってタイムラインに流す。撮らなかった。撮って、誰に見せるんだろうと思った。見せる相手が、いま思いつかなかった。
食べ終えて、また更新履歴の画面を開いた。九か月ぶんの、同じ金額。
更新しない
朝、もう一度湯に入った。夜より、黒さが薄く見えた。光の加減だと思う。
十一時前に発って、駅まで送ってもらった。越後線で新潟駅まで戻り、新幹線に乗り換えた。
座席で、スマホを開いた。サブスクの管理画面。更新日は、あと三日後だった。
止める、というボタンはない。あるのは「次回更新をスキップ」というボタンだけだった。止めるのとは、少し違う。来月また入れることもできる。ただ、今月だけは押さない。
指を、いつもより長く画面の上に置いた。押した。
止めるんじゃない。今月だけ、更新しない。
来月どうするかは、来月の十九日に決める。決めていないことが、今日はなぜか、そんなに悪くなかった。
窓の外を、まだ知らない駅の名前が流れていった。
