宿と小説の読みもの、余白
RECORD № 041

更新しない、を選ぶ

他人の物語を燃料にして、自分の予定表の空白とどう向き合うか

予定表が埋まっているうちは、何も考えなくていい。遠征と配信で週末は先まで塞がっている。空白があると、もったいない、と思う。その「もったいない」が何を指しているのかは、まだ考えないことにしている。

悠真という語り手について →

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更新画面

通知が来なくなって、九か月が経った。それでも、課金は続けている。

サブスクの更新は毎月十九日。過去の配信のアーカイブが見られるだけの、それだけのサブスクだ。活動休止中に新しい供給はない。アーカイブは増えない。同じ映像を、俺はもう何度も見た。それでも十九日が来ると、指が勝手に更新ボタンを押している。

先週、同期に聞かれた。まだ払ってんの、あれ。

生活費みたいなもんだから、と俺は即答した。答えてから、その速さに自分で驚いた。考えて答えたんじゃない。もう用意してあった答えだった。

生活費。家賃、光熱費、サブスク。並べてみると、そう並ぶ気がする。並べて安心する自分がいる。

深夜、更新履歴の画面を開いた。九か月ぶんの明細が並んでいる。金額は毎月同じ。同じ金額が九回続くと、それはもう出費というより、体温みたいなものに見えてくる。

新潟に、将棋のタイトル戦が行われる宿があると知ったのは、その履歴を見ていた流れだった。棋聖戦。一手に何時間もかける人たちがいる世界。俺は将棋を知らない。知らないが、同じ盤の前に何時間も座り続けられる集中力というものが、うまく想像できなかった。

宿を取った。江戸時代の庄屋屋敷を本館に使っている、二百八十年の宿だという。

岩室

新潟駅まで、新幹線で二時間。

そこから在来線に乗り換える。越後線。一時間近くかかると出ていた。新幹線の速度に慣れた体で乗ると、在来線はやけにゆっくり進んだ。窓の外は田んぼが続いて、たまに家が挟まる。同じ景色が長く続くのを、俺は久しぶりに見た気がした。

岩室という駅で降りた。無人駅だった。タクシーを呼ぶ電話番号が、駅舎の壁に貼ってある。呼んで、八分待った。

画像はイメージです

黒湯

門をくぐると、庭があった。手入れされた庭木の向こうに、木造の建物が続いている。江戸時代の庄屋屋敷、と言われても、俺にはそれを見分ける目がない。ないが、廊下の柱の色を見て、これは新しく塗った色じゃないな、というのだけは分かった。

湯は、黒かった。硫黄と塩分の混じった、この土地でしか出ないという湯らしい。入ると、体の輪郭がゆっくり溶けていくような感触があった。指の先まで、いつもと違う湯の重さがあった。

湯上がり、廊下で男とすれ違った。地味な上着に、片手に黒い手帳。将棋の対局を見に来た客だろうか。歩きながら何か書きつけていて、俺とは目も合わせなかった。何かに集中している背中だった。何に集中しているのかは分からない。分からないまま、通り過ぎた。

画像はイメージです

対局の間

部屋の床の間に、将棋の駒の写真が飾ってあった。この宿で行われた対局の記念写真らしい。棋聖戦、と札に書いてある。

一局に何時間かかるのか、俺は知らない。知らないが、一手のために長く考える人がいるという事実だけは、その写真から伝わってきた。

俺の推し活は、逆だった。通知が来たら、秒で反応する。チケットの抽選結果、秒で確認する。速さが全てだった。速さを競うことに、疲れたことはなかった。疲れる前に、次の通知が来た。

いま、通知は来ない。九か月、来ていない。それなのに、俺はまだ十九日に更新ボタンを押している。何に向かって押しているのか、写真を見ながら考えて、答えが出なかった。

部屋食

夕食は部屋に来た。品数が多く、一品ごとに名前があった。名前を聞いても、俺には半分も覚えられなかった。

一人で食べた。うまいと思ったとき、いつもなら写真を撮ってタイムラインに流す。撮らなかった。撮って、誰に見せるんだろうと思った。見せる相手が、いま思いつかなかった。

食べ終えて、また更新履歴の画面を開いた。九か月ぶんの、同じ金額。

更新しない

朝、もう一度湯に入った。夜より、黒さが薄く見えた。光の加減だと思う。

十一時前に発って、駅まで送ってもらった。越後線で新潟駅まで戻り、新幹線に乗り換えた。

座席で、スマホを開いた。サブスクの管理画面。更新日は、あと三日後だった。

止める、というボタンはない。あるのは「次回更新をスキップ」というボタンだけだった。止めるのとは、少し違う。来月また入れることもできる。ただ、今月だけは押さない。

指を、いつもより長く画面の上に置いた。押した。

止めるんじゃない。今月だけ、更新しない。

来月どうするかは、来月の十九日に決める。決めていないことが、今日はなぜか、そんなに悪くなかった。

窓の外を、まだ知らない駅の名前が流れていった。

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1名では部屋・プランが出なかった

予約サイトごとに1名で検索して数えた記録による。一人で予約できると確かめた予約サイトだけを並べているため、この宿には予約ボタンを出していない。

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Field Notes

高志の宿 高島屋

Overview

新潟県
Region
新潟県新潟市西蒲区(岩室温泉)
Access
新潟駅から車で約40分。JR越後線 岩室駅からタクシー約8分
Price
予約サイトで確かめた二万円台半ば〜(2名1室の1名分・夕朝食付) 公開の情報から中〜高価格帯(夕朝食付2名税込四万円台半ば〜。1名あたり二万円台半ば換算)

Facility

Room
全18室。露天風呂付客室5室。古民家を移築した離れ「竹亭」あり。「ゆとりの間」など定員1名からの表示がある部屋もあるが、一休.com・じゃらんnet・Reluxでは1名の予約が通らない(2026-08〜09実測)
Meal
夕食・朝食ともに部屋食のプランが中心(プランにより会場食の場合あり)

宿タイプ

  • 温泉旅館
  • 文化財の宿
  • 老舗宿
  • 部屋食の宿
  • 露天風呂付き客室

向いている人間

  • 国登録有形文化財の建物、280年の歴史ある空間に泊まりたい人
  • 「黒湯」という全国的にも珍しい泉質に関心がある人
  • 将棋・囲碁のタイトル戦の舞台に泊まりたい人
  • 部屋食で静かに過ごしたい人(該当プランを選べば)

向いていない人間

  • 一人で予約したい人(一休.com・じゃらんnet・Reluxいずれも1名の空室が出ない。公式サイト・電話は未確認)
  • 公共交通のみで新潟駅から短時間で着きたい人

予約前の注意事項

一人での宿泊は一休.com・じゃらんnet・Reluxのいずれの窓口でも受けていない(公式サイト・電話は未確認)。じゃらんは大人1名・1室でプラン0件、同条件の大人2名は25件(2026-09-10実測)。一休は予約を決済直前まで進めると「空室がありません」(2026-08-24実測)、Reluxは大人1名で部屋0件・プラン0件(2026-08-25実測)。送迎は「2名様より」という情報があり、一人泊時に利用できるかは要問合せ。食事は部屋食プランが中心だが、プランにより会場食の場合もある。料金は変動する。

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