宿と小説の読みもの、余白
RECORD № 077

長い一手

終わりのある仕事の豊かさ。毎日新しく終わること

定年のあと、一人で旅をしている。記録は万年筆で、誰にも読ませない速さで付ける。急がない。並ばない。名所を名所として見ない。終わりのある仕事は、毎日新しく終われた。

修一という語り手について →

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就職が決まった

娘から電話があった。就職が決まった、と言った。

おめでとう、と言うのに、少し間があいた。間があいたことを、娘は気にしなかった。

言葉より先に、宿を調べた。将棋の対局に使われる部屋がある宿だと、検索で知った。

二時間

上越新幹線で、新潟まで二時間ほどだった。新潟駅から越後線に乗り換えて、岩室駅まで五十分近くかかった。乗り換えの多い旅だった。乗り換えの多さを、娘は気にしなかった。

岩室駅から、タクシーで八分ほどだった。運転手が、庄屋屋敷は今も屋根の葺き替えに三年かかると言った。聞いていない話だったが、聞いた。

宿は、江戸時代の庄屋屋敷を本館にしているという。二百八十年、そこに建っている。

画像はイメージです

対局の間

宿の人が、対局の間を見せてくれた。将棋のタイトル戦が、ここで指されたことがあるという。畳の広さと、窓からの光の入り方が、長く座っていられるように作ってあった。

長く座る、という一点のために作られた部屋を、私は初めて見た。急いで指す将棋は無いのだと、宿の人が言った。急いで決まる勝負ではない、という意味だったと思う。

娘は、黒湯という珍しい泉質の話を、宿の人から聞いていた。私は、対局の間の畳を、少し長く見ていた。

画像はイメージです

広間の隅に、男が一人いた。運ばれた黒湯の説明書きを、何度も読み返していた。

夕食で、娘は初任給の使い道の話をした。私は、ほとんど聞いていた。話を遮る言葉を、私は持っていなかった。

万年筆

夜、娘が湯に行っているあいだ、私は持ってきた便箋に、万年筆で何か書いた。インクは青のままである。長い言葉は書かなかった。おめでとう、とだけ書いた。

湯から戻った娘に、便箋を渡した。読んだ娘は、何も言わなかった。何も言わないことが、伝わったということだと、私は思うことにした。

朝、駅までの車の中で、娘が便箋のことを聞いた。私は、書いたことは覚えているが、何を書いたかは忘れた、と答えた。嘘だった。嘘をついたのは、初めてかもしれない。

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Field Notes

高志の宿 高島屋

Overview

新潟県
Region
新潟県新潟市西蒲区(岩室温泉)
Access
東京駅から上越新幹線「とき」で新潟駅まで約2時間。新潟駅からJR越後線で岩室駅まで約44〜52分。岩室駅からタクシーで約8分。
Price
予約サイトで確かめた二万円台半ば〜(2名1室の1名分・夕朝食付) 公開の情報から中〜高価格帯(夕朝食付2名税込四万円台半ば〜。1名あたり二万円台半ば換算)

Facility

Room
全18室。露天風呂付客室5室。古民家を移築した離れ「竹亭」あり
Meal
夕食・朝食ともに部屋食のプランが中心(プランにより会場食の場合あり)

宿タイプ

  • 温泉旅館
  • 文化財の宿
  • 老舗宿
  • 部屋食の宿
  • 露天風呂付き客室

向いている人間

  • 子の転機を、言葉以外の形で祝いたい親
  • 将棋・囲碁のタイトル戦の舞台に泊まりたい人
  • 全国的にも珍しい黒湯に入りたい人

向いていない人間

  • 公共交通のみで新潟駅から短時間で着きたい人
  • 送迎を前提にする人(送迎は2名からとの情報あり)
  • 露天風呂付客室で源泉かけ流しにこだわる人(3室は循環式、特別室「常磐」のみ源泉かけ流し)

予約前の注意事項

全浴場に加温・加水があり、露天風呂付客室3室は循環式。食事は部屋食プランが中心だが、プランにより会場食の場合もある。料金は変動する。

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