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段ボール
娘の引っ越しを手伝った。段ボールを、何往復も運んだ。若い頃はこの程度で息が切れなかったはずだが、確かめる方法はない。
新しい部屋に、荷物はまだ半分も収まっていなかった。娘が、続きは自分でやる、と言った。
徒歩五分
上田駅から、上田電鉄別所線に乗り換えた。二両編成だった。終点の別所温泉駅まで、三十分ほどだった。
駅から宿までは、徒歩五分だという。送迎は無い。段ボールを運んだ翌日の五分は、いつもの五分より長く感じた。娘は、大丈夫、と一度も聞かなかった。聞かれなくてよかった。

宿は、大正六年の創業だという。建物のほとんどが、当時のままだと聞いた。床の間に、古い写真が飾ってあった。誰が写っているかは、分からなかった。
減速
部屋に入って、しばらく動かなかった。動かないことを、久しぶりにしていると思った。
湯に入ると、肩の張りが少し緩んだ。段ボールの角が当たった痕が、二の腕に残っていた。痕を見て、娘が、痛かった、と聞いた。今頃気づいたのか、と思ったが、言わなかった。

湯から戻る廊下の突き当たりに、男が一人いた。窓の桟に手帳を広げて、立ったまま何か書いていた。書き終えても、閉じずに持っていた。
夕食は部屋で出た。膳が一品ずつ運ばれてきて、運ぶ人の足音は、廊下に出るまで聞こえなかった。
娘は、新しい部屋の間取りの話をした。収納の位置と、朝の光の入り方の話だった。私は、時刻表の話をしなかった。
予定を立てない
朝、いつもなら帰りの列車を先に決めておく。今回は、決めていなかった。
娘が、もう少しいてもいい、と言った。私は、時刻表を開かなかった。開かないまま、もう少し、と答えた。
