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十か月
高志の宿から帰って、二か月ほどはサブスクの更新を月ごとにスキップしていた。三か月目、通知が来た。前の配信のアーカイブに、限定映像が一本追加されたという通知だった。活動再開ではない。過去映像の追加公開、それだけの通知だった。
その日のうちに、更新を戻した。戻したことに、理由はいくつもつけられる。追加された映像を見たかった。生活費みたいなものだから。惰性。どれも本当で、どれも本当でない気がした。
今日、更新履歴を開いた。十か月ぶんの明細が並んでいる。二か月だけ、金額が空白だった。空白の二か月を、しばらく見ていた。
香川に、山間の一軒宿があるという記事を見た。送迎バスが一日一往復しかない。里山を再現した宿だという。誰かが作った物語のような場所に、一晩だけ身を置いてみたくなった。
阿讃
岡山で乗り換えた特急は、四国山地に入ると速度を落とした。琴平駅で降りる。金刀比羅宮の参道で有名な駅だが、今日はそちらへは向かわない。送迎バスは一日一往復、この便を逃すと来られない。

バスは山道を三十分上った。窓の外に、渓流が見え隠れした。作られた景色ではないはずだが、里山という言葉がすでに一つの演出のように感じられた。
里山ヒュッテ
独立棟の客室は、坂道を下った先にあるという。フロントから部屋まで、屋外の通路を歩く。隣の棟の気配がしない距離だった。
ロビーで、地元の民藝品らしい木彫りの置物を眺めている男を見た。手に取らず、じっと見ているだけだった。何かの参考にしているのか、ただ眺めているだけなのか、判断がつかなかった。着ているものの色を、後になっても思い出せなかった。
会場食
夕食は里山料理のコースだった。讃岐と阿波の食材を使っているという。一品ごとに、産地の説明があった。説明を聞きながら、推しの過去映像のことは、不思議と思い出さなかった。

貸切の露天風呂は追加料金だった。払って入った。渓流の音だけが聞こえた。通知の音がしない一時間を、久しぶりに過ごした。
責めない
朝、もう一度貸切風呂に入った。夜より水音が近く聞こえた。
送迎バスで琴平駅へ戻り、特急、新幹線と乗り継いで、東京へ戻った。
車内で、更新履歴をまた開いた。十か月ぶんの明細。二か月だけ空白で、あとは埋まっている。止められなかった、と正直に手帳に書いた。以前なら、その一行に自己嫌悪が続いていた。今回は続かなかった。
止められなかった。止められなかったことを、今回は責めなかった。責めなかった、というだけで、何かが変わった気がした。
