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索引
二月の第三週、地名の索引を作る仕事が来た。紀行文をまとめた本の巻末に、地名の索引をつける。校正ではない。作業、と呼ぶほうが正確だと思う。誤字を拾い、表記の揺れを均す——そういう機械的な工程の多くは、ここ数年でソフトが済ませるようになった。人の手に残るのは、赤を入れるかどうかを決める判断の仕事か、さもなければ索引のような、判断のいらない作業か、そのどちらかに寄っていく。私に来るのは、近ごろ、後者が多い。
それでも、受けた。単価が悪くなく、期間が短く、断る理由が見つからなかったからで、つまり、受けたいと思ったから、ではない。返事をした日の午後にゲラの束が届いて、封を切ると、角がきれいに揃っていた。赤鉛筆を削る前に、その角を指の腹でひと撫でする。撫でたところで何も始まらないが、始める前に撫でる癖だけが、編集部にいたころから抜けない。
本文から地名を拾い、初出の頁を控える。同じ地名の表記揺れを一項にまとめる。旧字と新字、市町村合併の前と後。目は頁の上を動きつづけるのに、赤を入れる場面は、ほとんどない。赤を入れたい、と思う場面も、ない。それがいちばん、こたえた。
三日目に、奈良の頁で手が止まった。十津川村。その村の名前が五回出てきて、五回とも、著者は「鉄道のない村」と書いていた。書き方は毎回少し違う——「鉄道の通わぬ村」「線路のない村」。索引の作業としては、同じ村として一項にまとめる。まとめてから、私は地図を開いた。
奈良県の南端に大きな白い領域があって、その白い部分に、線路の線が一本も入っていない。日本でいちばん面積の広い村だと本文にあった。面積が広くて、線路がない。それでも人が住み、役場があり、学校があり、温泉がある。鉄道という、あって当たり前のものが、なくても村は成り立っている。私は索引の作業に戻り、その日のぶんを終え、終えてから、その村の宿を探した。
空白
地図の上で、村のあたりは白い。白いといっても、そこには暮らしがある。白、という見え方のほうに、私は赤を入れたくなった。誤植ではないから、入れられない。入れられない赤のことを、私はよく考える。誤りではないのに直したくなるもの——それはたぶん、赤ではなく、私の好みだ。
送迎は十五時以降だと予約の頁にあった。早く着いても、待つことになる。私は、十五時ちょうどに着く便を選んだ。
谷
バスは川に沿って、谷を上がっていった。二月の終わりで、日の当たらない北向きの斜面にだけ、雪の筋が白く残っている。川の水は冬のせいか少なく、川床の石までよく見えた。途中で吊り橋を渡すのが見えた。歩いて渡る橋で、板の隙間が見えるほど細く、渡っている人は誰もいない。渡る人のいない橋は、渡るためではなく、ただそこに架かっているためだけにあるように見えた——と書きかけて、内語に赤を入れる。橋は渡るためにある。私がいま、渡る人を見なかっただけだ。
バス停で送迎の車に乗ると、運転手の方が、遠くから来られましたね、と言った。はい、と私は答え、答えてから、遠いというのは相対的な語だと思った。ここに住む人には、ここが近い。私の「遠く」は、東京を中心に据えて引いた索引のようなものだ。

九室
宿は九室だという。部屋は数年前に直したそうで、畳の色が新しく、縁の擦れもない。夕食は個室に運ばれ、一人の卓に、料理が順に出てきた。食べながら、私はまた索引のことを考えていた。索引は、本文を読まない人のための道具である——と言いかけて、赤を入れる。読まない人、は言い過ぎだ。まだ読んでいない人のための道具、が正確だと思う。
私は十年、雑誌にいた。雑誌に索引はつかない。読み捨てられる前提で作るからだ。いま手元にある本には索引があって、何十年か後に、誰かが十津川村の頁を引くかもしれないという前提で編まれている。その前提の違いを、私は今週まで、はっきりとは意識していなかった。
廊下に出ると、食事処のほうから、宿の者ではない男が一人、先に部屋へ戻っていくところだった。地味な上着に、片手には黒い手帳。歩きながら、何かを書きつけている。すれ違いざま、私はその手帳の角が、ずいぶん撫でられて丸くなっているのを見た。角を撫でる人が、私のほかにもいる。それだけのことが、なぜか少し可笑しかった。
硫黄
湯は硫黄の匂いがした。ナトリウムを多く含む単純泉で、源泉のかけ流し、ただし加水がある、と案内にあった。加水がある、とわざわざ書く。書かなければ気づかれず、書けば私のような人間が一点減点するのに、それでも書く。浸かる前から、この宿の校正は信用できる、と思った。正直に組まれた頁は、読む前から手触りでわかる。
貸切の風呂が二つあって、空いていたほうに入った。外はもう暗く、窓の向こうに灯りが一つも見えない。東京の夜なら、どこを向いても灯りがある。ここの暗さに見出しを付けるなら——と考えかけて、付ける語が浮かばないまま、肩まで沈んだ。見出しの付かない暗さもある。湯の面で、硫黄の匂いだけが、濃くなったり薄くなったりした。

初出
朝、大浴場に入った。露天も二つあると聞いたが、一つだけにした。全部入ろうとするのは、元を取ろうとする発想——発想、というより癖だ。その癖を、今日はやめてみた。使わなかった湯のことを、惜しいとは、あまり思わなかった。
十時に発った。送迎の車でバス停まで出て、バスを待つ。来たバスに乗ったのは、私を含めて三人だった。膝に鞄を置いて窓を見ると、行きに見た吊り橋を、今度は渡っている人がいた。遠くて顔は見えない。渡る人は、いたのだ。鞄の中の索引のゲラの、角の固さが、布越しに膝へ伝わってくる。
東京に戻って数日後、次の仕事の打診が来た。いつもなら、まず単価の欄を見る。今度は、見るより先に、添付されたゲラの試し読みを開いた。二頁だけ読んで、ここに赤を入れたい、と思った。思ってから、単価の欄を見た。順番を、初めて逆にした。この順番で食べていけるのかは、分からない。分からないまま、返事の下書きに、お受けします、と打った。削りたての芯の、最初のひと画がいちばん濃いように、打ちはじめの一字が、少しだけ速かった。
